●150420 東京地裁 サラ金の強制執行への対処
●東京地裁平成26年(レ)第949号執行文付与に対する異議控訴事件
(平成27年4月20日言渡)
●裁判官 松本 利幸、今井 和桂子、水谷 遥香
●代理人 茨木 茂

●要旨

第1 事案の概要
 1 A社を原告、Xを被告とする貸金請求事件において、平成20年8月7日、A社のXに対する債権(以下、「本件債権」という。)について給付を命じるA社勝訴の判決が言い渡され、確定した(以下、この確定判決を「本件債務名義」という。)。
 2 その後、A社は、会社更生計画の認可決定を受け、B社は、A社の更生計画にもとづき、A社更生管財人との間で、平成24年1月16日付吸収分割契約を締結し、A社の消費者金融業務を承継し、本件債権についてもB社が承継した。そして、B社は、平成24年9月1日、Y社に商号を変更した。
 3 Y社は、平成25年5月13日、東京簡易裁判所に対し、本件債務名義について承継執行文付与の申立てをし、同裁判所書記官は、同月14日、本件債務名義に承継執行文を付与した。そして、Y社は、執行文が付与された本件債務名義の正本にもとづき、Xの給与債権等に対し、差押えを行い、取立訴訟を提起した。
 4 A社更生管財人は、平成26年3月19日、Xに対し、A社とY社の吸収分割契約にもとづき、本件債権を平成24年3月1日付で承継会社であるY社に承継した旨の会社分割による事業承継にともなう貸付債権の承継の通知(以下、「本件承継通知」という。)をした
 5 Xは、Y社に対し、上記執行文付与は、本件債務名義の承継にかかる債務者対抗要件が具備されていないのに付与されたものであるとして、民事執行法(以下、「法」という。)34条にもとづく承継執行文付与に対する異議の訴えあるいは法35条にもとづく請求異議の訴えにより、(1)執行文が付与された本件債務名義に基づく強制執行又は具体的執行行為の不許を求め、(2)Y社の違法不当な執行により、慰謝料30万円及び弁護士費用20万円の合計50万円の損害を被ったとして、その一部である7万円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求めた。
 6 原審は、Xの請求をいずれも棄却したことから、Xがこれを不服として控訴した。

第2 争点
1 執行文付与時点において、B社からY社への債権承継は明白であったか。
2 追加的な債権譲渡通知により瑕疵が治癒された場合遡及的に手続きが適法となるか。
3 本件強制執行において、Y社のXに対する違法行為があったか。

第3 裁判所の判断(以下、Xを「控訴人」、Y社を「被控訴人」という。)      
1 争点1について
(1) 法27条2項の「強制執行をすることができる」とは,実体法上権利を行使し得ることを前提とするものと解されるところ,会社の吸収分割においては,吸収合併とは異なり分割会社は解散せず法人格が存続するにもかかわらず,承継されるのはあくまでも会社分割の対象とされた権利義務に限定されること,吸収分割契約書には,分割会社の個々の財産につきそれが承継の対象になるか否かまでは必ずしも記載されない上,吸収合併のように,吸収合併の登記を第三者に対する対抗要件とする権利の画一的処理を目的とした規定(会社法750条2項)も設けられていないことなどからすれば,吸収分割により承継した債権を債務者に対抗するためには,一般の債権譲渡の場合と同様に対抗要件を具備する必要があると解するのが相当である。
(2) 執行文の付与を受けるについて,執行債権者が対抗要件の具備まで立証する必要があるか否かについては,見解が分かれ得るものの,一般的な立証責任の分配においても対抗要件の具備は債権者に立証責任があること,法27条2項は,簡易な手続で承継執行文を付与する手続であること,債務者対抗要件具備の証明は比較的容易であることなどに鑑みれば,執行債権者は承継執行文付与の手続に際し,債権承継通知ないし執行債務者の承諾を証明する書面等により,通知・承諾の事実を証明することを要するものと解するのが相当である。
(3) 本件債務名義については,強制執行をすることができることが執行文付与機関である裁判所書記官に明白であるとの理由により承継執行文が付与されているが,その承継執行文の付与に際しては,債務者対抗要件に係る証明はなく,その証明がなくても被控訴人が強制執行をすることができることが執行文付与機関に明白であったとはいえないから,本件債務名義に係る執行文の付与は,その要件を欠くものであったというべきである。
2 争点2について
(1) 執行文付与に対する異議の訴えは,債務者が,債務名義に表示された条件が成就したものとして執行文が付与された場合における条件の成就の有無,又は承継執行文を付与された場合における債務名義に表示された当事者についての承継の存否について,訴えの形式によって争うことを認めたものであるところ(法37条,27条),その目的は個々の執行力ある正本ないし執行文の効力の排除にあると解され,異議事由の有無は,原則として,口頭弁論終結時を標準としてこれを定めるべきであり,たとえ執行文付与の要件を充足しないまま執行文が付与されたとしても,異議の訴えの口頭弁論終結時までに当該要件を充足すれば,その執行文の付与及びかかる執行力ある正本に基づく強制執行を不許とする必要はないものと考えられる。そして,なるほど口頭弁論終結時までに,強制執行に着手されていなかった場合はもちろん,強制執行に着手されていたとしても,建物明渡し等の強制執行の場合には,口頭弁論終結時までに要件が充足されれば,当初の執行文付与や具体的執行行為を排除してその強制執行をやり直すまでの必要はないと解される。
(2) しかしながら,本件のように債権者が債務者対抗要件を備える前に,既に支払期が到来した債権が差し押えられていた場合には,当該債権に対する具体的執行行為は,要件を欠いたままされたことに変わりはなく,後に債権者が債務者対抗要件を具備したことにより遡ってその要件があったことになるわけではない,すなわち,本件では,本件承継通知がされる前に,執行文が付与された執行力ある本件債務名義の正本に基づいて給与債権の差押えがされており,その後,本件承継通知がされたことによって,遡って同通知より前に支払期が到来した給与債権に対する差押えが有効にされたということは困難である。
(3) そうすると,債務者対抗要件を備える前に支払期が到来した給与債権に対する具体的執行行為は,債務者に対して強制執行ができなかったにもかかわらずされたものといわざるを得ず,かつ,その強制執行は終了していないから,その限度で,執行文が付与された債務名義の正本に基づきされた本件強制執行を排除するのが相当である。
(4) 以上によれば,本件で,要件を欠いた状態で執行文が付与された執行力ある債務名義の正本に基づき,既にされた本件強制執行の具体的執行行為のうち瑕疵があるものについては治癒されず,当該部分の執行は排除せざるを得ないが,他方で,その余の部分も含めて執行文の付与ないしそれに基づく強制執行を取り消す必要はないのであるから,上記の限度で執行を排除すれば足りるというべきである。
(5) これを具体的にみると,控訴人が本件債務名義に係る債権について債務者対抗要件を具備したのは,本件承継通知がされた平成26年3月19日であることは明らかであり,それより前にされた強制執行は対抗要件を具備していない状態でされたとものと認められる。そうすると,既にされた本件強制執行のうち,債務者対抗要件を具備するより前に係る部分(支払期が平成26年3月19日より前に到来済みの債権に対するもの)の執行を排除すれば足りるというべきである。
3 争点3について
(1) 被控訴人は本件債務名義につき承継執行文の付与を受けたことが認められるところ,このように被控訴人が本件債務名義に係る執行文の付与を受けている以上,その執行力ある正本に基づいてした強制執行について被控訴人に不法行為が成立するためには,被控訴人が,債務者対抗要件を欠いている(債権承継通知をしていない)という事実を認識するのみでは足りず,執行文の付与を受けた執行力ある正本に基づく強制執行が債務者対抗要件を欠いていることにより許されないものであると知りながら,又はそれを容易に知り得たにもかかわらず,強制執行を行ったことを要するというべきである。
(2) これを本件についてみるに,承継執行文の付与について対抗要件の具備を要するか否かについては消極に解する見解もある上,本件債権の承継は,更生計画に基づき,更生管財人との間で締結された吸収分割契約に基づく消費者金融業務の承継に伴うもので,権利義務の一般承継の効果を伴う組織上の行為によるものであることなどを総合すると,被控訴人が,上記のように執行文の付与を受けた執行力ある正本に基づく本件強制執行が債務者対抗要件を欠いていることにより許されないものであると知りながら,又はそれを容易に知り得たにもかかわらず,本件強制執行を行ったとまで認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。したがって,控訴人の不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない。

以上

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