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人権擁護法案に対する意見書

2002年(平成14年)3月28日

衆議院議長 綿貫 民輔 殿
参議院議長 井上 裕 殿

兵庫県弁護士会 会長 大塚 明
同人権擁護委員会 委員長 高橋 敬

人権擁護法案に対する意見

第1、はじめに

 2001年5月25日に人権擁護推進審議会が「人権救済制度の在り方について」の答申(以下「答申」という。)を出し、これに基づき2002年1月30日、法務省が新たな人権救済機関として「人権委員会」の新設を盛り込む「人権擁護法案(仮称)の大綱」(以下「大綱」という。)を発表され、同年3月8日、「人権擁護法案」が閣議決定され(以下「人権擁護法案」ないし「法案」という)、今国会での成立並びに2003年5月ないし7月の人権委員会発足が目指されています。

 これに対し、日本弁護士連合会は、上記答申に対して2001年12月20日に「人権擁護推進審議会の『人権救済制度の在り方について』の答申に対する意見の提出について」と題する総括的な意見書を提出されており、さらに上記法案に対して2002年3月15日理事会決議にて「独立性の保障がない」等の理由で反対の意思を表明されています。

 当会も、上記日弁連意見書及び理事会決議に賛同するものでありますが、とくに今般、当会独自の意見書を提出する趣旨は、

(1)当会が、戦後長年にわたり地元兵庫県下において地域密着型の人権救済活動を継続してきた経験に基づき、民間団体である弁護士会の人権救済活動の実態、特にその特徴と限界をここに改めて考察し、今般、新たに創設されることが予定されている「人権委員会」は弁護士会人権救済活動の特徴は活かし、限界は克服する体のものであるべき、との願いを込めて、

(2)あわせて、(1)に関連して、そもそも今般、何故、新しい国内人権救済機関の創設が求められているのか、その由縁を再確認し、とくに1991年国連人権委員会で決議され、1993年国連総会でも採択された「国内人権機関の地位に関する原則(パリ原則)」が定立されるまでの経緯を振り返り、パリ原則が求めるあるべき国内人権機関像が今回の法案に本当に適切に反映されているか、という観点からの真摯な対応を求めたい、という意味で、真に求められる新しい「人権委員会」の在り方について、意見を申し述べるものであります。

第2、意見

 上記観点に立って本意見書において申し述べる意見は、以下のとおりです。

1、民間団体である弁護士会の人権救済活動の特徴と限界の観点から

(1)特徴−民間性、独立性、専門性、自発性
 わが国の国内人権救済機関としては、法務省の人権擁護行政と人権擁護委員制度の外に、日本弁護士連合会や各地弁護士会の人権擁護委員会、放送メディアによる人権侵害の苦情を受け審理し当事者に対し勧告・見解を提示・公表している「放送と人権等権利に関する委員会(BRC)」などの民間団体があります。

 民間団体である弁護士会は、各都道府県に置かれた単位会ごとに人権擁護委員会を設置しており、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命として、市民からの申立を待って、あるいは弁護士会自らの判断で調査を開始し、在野法曹である弁護士が委員となって自ら直接調査に当たり、国際人権規約等の人権国際基準に配慮した事実認定と法的判断を行い、人権侵害の事実を認定した場合は、加害者に対し、警告、勧告、要望等の措置を取り、マスコミの協力により警告等を公表して世論喚起ないし人権啓蒙を行うという、無償の救済活動を展開しています。

 そして、近時はその社会的認知度が高まり、兵庫県レベルで年間30〜40件の人権救済申立を受けて具体的調査活動を行っています。

 また、弁護士会は、必ずしも市民からの申立を待たず、時の重要課題について自発的に調査を開始する場合もあり、当会では、1997年3月に「阪神淡路大震災と応急仮設住宅」と題する調査報告と提言を行いました。

(2)限界
 しかし、同時に、弁護士会の人権救済活動には、前述の特徴と裏あわせの形で限界が存在します。

 すなわち、民間団体である弁護士会人権擁護委員会活動の最大の限界は、調査対象者の協力義務を伴った強制的な調査権限がないことであります。そのため、とくに警察、刑務所、拘置所、入国管理局等の公的機関等が相手方とされる事案においては、直接の加害行為者とされる者との面談調査を求めても常に拒否され、各種照会をしても上司ないし広報部門による間接的、形式的な回答がなされる程度であり、これでは具体的事実を認定して真実を究明し市民の人権を擁護し、正義を実現すべき使命に鑑み、極めて不十分というほかなく、まさに遺憾の極みであります。

 その他の限界としては、委員が個人としての弁護士業務と兼務であり、予算も報酬も専属スタッフもなく、警告等に法的拘束力もない等の限界があり、その意味で、弁護士会人権擁護委員会もパリ原則が求める実効的な国内人権救済機関とは言えないというほかありません。

(3)かかる観点に照らし、今回新たに創設される人権委員会は、弁護士会が従来とくに苦汁を飲んでまいりました、公的機関の協力義務を伴った強制的な調査権限の不存在という限界を克服しつつ、他方で、弁護士会が市民の人権救済に一定の役割を果たし得てきた由縁であるところの民間性、政府からの独立性、人権救済経験を積み憲法・国際人権法等に通じた法律家委員による直接調査、積極的調査提言機能などといった特徴は取り入れるべきであると考えます。

2、今、新しい国内人権救済機関が希求される由縁

 当会が、実体験的に希求する上記「人権委員会」のあるべき姿は、以下に述べるとおり、戦後の人権救済機関創設に関する国際的な潮流とも軌を一にするものであります。

(1)世界の潮流
 国連は、第2次大戦中のドイツにおけるユダヤ人虐殺等、歴史上稀に見る人権侵害は各国内的には合法的に行われたという反省の下に、すべての人の権利と尊厳を保障するための、人類に共通した普遍的な価値基準を作り上げ、その基準の遵守を、各々の国のレベルを超えた、全人類的な約束事として広めていくとの考えに立って、1948年に「世界人権宣言」を採択し、以後、1966年に採択された「国際人権規約」をはじめとして、1989年採択の「児童の権利条約」に至るまで23もの人権関係条約を採択してきました。

 そして、国連は、1990年代に入ってから、これらの条約によって合意された人権の内容を、いかに各国内的に実現するか、を検討するようになり、1993年12月、「国内人権機関の地位に関する原則(「パリ原則」)」を採択し、国内人権機関のあるべき姿を示しました。

 そして、「パリ原則」は、人類普遍の原理である基本的人権の実現、人権侵害に対する実効的救済を図れることができるよう、国内人権機関の主な機能として、[1]人権侵害・差別からの救済、[2]政府・議会に対する人権政策の提言、[3]人権教育・広報活動の連絡調整を挙げ、これらの機能を実効的に果たすために、[1]機関構成員は社会の多元性を反映するよう選出し、[2]任期を明確に定め、[3]独立した財源を持つなど、機関としての独立性の確保及び権限の強化がなさるべきことを求めました。

 これを受けて、世界の諸国において、政府からの独立性の確保、対象者の義務付けを伴った調査権限の強化、政策提言機能などをもった国内人権救済機関の整備が進んでいます。

(2)わが国の状況−法務省の人権擁護行政と人権擁護委員制度の問題点
 一方、わが国の人権擁護全般を担っているのは法務省の人権擁護行政と人権擁護委員制度であるところ、人権擁護行政を所掌している法務省人権擁護局及びその出先機関である法務局・地方法務局・支局の職員は戸籍、登記業務に従事する者との兼務が多く、同局の幹部職員は検察官で充当されており、前記のとおり国や行政による人権侵害もありうる状況の中で、人権擁護の仕事が行政から独立しておらず、行政自体の中に位置づけられていることは、市民の人権保障という視点からは問題であると言わざるを得ません。

 また、人権擁護委員制度は、国の人権擁護行政を補完するものとして、全国で約1万4000人が議会の同意を得て法務大臣から委嘱された民間ボランティアとして活動していますが、その平均年齢は60才を超えており、しかも無給であることから名誉職的に委嘱されることが少なくなく、人権侵犯事件の調査処理についても関係者の任意協力による調停機能が中心であり、法的強制力を持った救済措置を持たないことから、人権救済に十分対処できていない現状にあることを否定できません。

 このような日本の人権擁護行政の状況を踏まえて、1998年、国連自由権規約人権委員会は、法務省の人権擁護委員制度について、「委員会は、人権擁護委員は、法務省の監督下にあり、また、その権限は勧告を発することに厳しく限定されていることから、そのような仕組み(国内人権機関−引用者注)にはあたらないと考える。委員会は、締約国(日本国−引用者注)に対し、人権侵害の申立を調査するための独立の機関の設置を強く勧告する。」と求め、これを受けて2001年5月、前記答申がなされると、直ちに国連社会権規約人権委員会は、同年8月、「委員会は、締約国が国内人権機関の導入を提案する意向を示したことを歓迎」するとしつつ、「締約国に対し、1991年のパリ原則及び委員会の一般的意見第10号に合致した国内人権機関をできる限り早急に設置するよう要請する。」とさらに注意深く求めるに至っています。

 この社会権規約人権委員会の要請は、答申が、新設される人権委員会の組織について、現行人権擁護行政を改編して、従前の人権擁護局を新たに中央に設置される「人権委員会」の「事務局」に改組、法務局人権擁護部を「地方事務所」に改組する構想を示したことから、それでは新しい人権委員会と言っても名ばかりで、従前の人権擁護行政の焼き直しにすぎなくなり、機関としての独立性、権限行使の実効性の確保に危惧を抱いたことを示すもので、まさに今回の答申並びに法案の根本的問題点を指摘するものであります。

(3)かかる経緯に照らし、今回の法案のご審議にあたりましては、今回新設される人権委員会が従前の法務省人権擁護行政の上に人権委員5名を置いただけの形に終わるのではなく、歴史上往々にして人権侵害は各国内的には合法的に行われたという歴史的反省の下に(そして、このことは過去の出来事でもなく、他国のことでもないことは「ハンセン病」問題等を見ても明らかです。)、従前の機構を超えて、人類普遍の基本的人権を実効的に救済できる機構を作り上げるためには何が必要かという原点に常に立ち戻り、機関としての独立性の確保、権限の強化、積極的政策提言機能への真摯な配慮がなされるべきものと考えます。

3、以上の諸観点に鑑みたとき、今般設置される新たな人権救済機関としての「人権委員会」は、次の諸点を満たしたものであることが求められます。

(1)実効的な救済権限行使のための制度的担保をもつこと
 人類普遍の原理である基本的人権を実効的に救済できるだけの制度的担保をもった機構であること

(2)公的機関の調査協力義務を明記すること
 そのためには、人権委員会に、調査対象者の協力義務を伴った調査権限が付与されるべきことは、マスコミ事案等別途考慮を要するものを除き、必須の要請であります。とくに公権力による人権侵害事案ではそれなくして真相究明は到底図れるものではありません。

 しかるに、この点、法案では、「特別救済手続」として、出頭要求・質問調査権、文書提出要求権、立ち入り調査権を明記しているものの(44条)、それらの権限の実効性確保については、30万円以下の過料の制裁による担保しか規定されておらず(88条)、答申では明記されていた「公的機関の協力義務」の文言が全く抜け落ちています。これは、とくに従前の公的機関の人権侵犯事件調査に対する著しい非協力的対応を回顧したとき、極めて大きな問題であります。国、行政には、憲法99条「憲法尊重擁護義務」からしても国民からの基本的人権侵犯の訴えに対し、直接の当事者による弁明等により事実関係を真摯に説明すべき義務があると考えます。

 よって、過料による制裁規定に加えて、「公的機関の調査協力義務」を明記することを強く求めます。

(3)機構上、実効的権限行使が客観的に期待できるシステムを構築すること
 かつ、より重要なことと言って過言ではない点は、人権委員会の体制上ないし運用上も、上記調査権限を遺憾なく実効的に行使することが客観的に期待できるシステムが構築されるべきことであります。

 そのためには、以下の事項が実現されることが必要であります。

ア、独立性の確保
[1] 内閣府の外局とするべきこと
 法務省管轄下の刑務所、拘置所、入管等は、人権侵害の加害者側として申し立てられることも多いのが実情ですが(2000年度の当会に対する兵庫県下の救済申立件数40件中、7件)、それだけに人権委員会を、同じ「法務大臣の所轄に属する」(5条2項)とするのではなく、少なくとも内閣府の外局にするべきであり、

[2] 事務局及び地方事務所職員の独立性と多元性を確保すること
 答申では、従前の法務省人権擁護局の事務局をそのまま改組して人権委員会事務局とするとしており、法案では、事務局職員の構成について「弁護士となる資格を有する者を加えなければならない」(15条2項)と規定するのみで、それ以上に明確な規定を置かず、むしろ、「人権委員会は地方事務所の事務を地方法務局長に委任することができる」(16条3項)と規定していますが、これは以下の観点から十分ではなく、事務局ないし地方事務所職員には弁護士のみならず、人権救済活動経験を積んだ民間の人権NGOや学者、医者、カウンセラー、自治体職員等からの採用もできるよう規定を整備すべきであります。

 そもそも人権侵犯事件の多くは各地方で発生します。
 法案では、人権委員は全国で5名(しかも3名は非常勤)しか選任されませんので(8条)、各地方の人権侵犯事件の調査は地方法務局長に処理を委任する外ないと予想されます。とすると、実際に中央、地方における具体的事件の調査に当たるのは事務局ないし地方事務所職員ということにならざるを得ず、事務局ないし地方事務所職員に独立性と多元性が確保されていなければ、前記調査権限は到底実効的に遺憾なく行使することが客観的に期待できないからであります。この点はいくら強調しても過言ではないと考えます。

 そして、事務局ないし地方事務所職員の採用にあたっては、ジェンダーバランスや平均年齢に明確に配慮して、男女はできる限り同数とし、最低限、定年制、年代別選任義務や男女比率の最低遵守義務等に関する具体的基準を定めるべきであります。

 当会としましては、この点は「公的機関の協力義務」の明記とともに、本法案における最重要課題と認識しています。

[3] 人権委員の独立性と多元性を確保すること
 「人権委員」の選任について、それが事務局の上位者に位置し、人権委員会の最高意思決定機関とされるものである以上、同様に独立性と多元性が確保される必要があり、ジェンダーバランスや年齢層に明確に配慮しつつ(法案では男女一方が2名未満とならないよう努めるとされている〔9条2項〕ことは評価できますが、年齢層にも言及されるべきです)、人権救済活動経験を積んだ民間の人権関係NGOや弁護士、「放送と人権等権利に関する委員会(BRC)」関係者、学者、医者、カウンセラー、自治体職員等からの採用もできるよう規定を整備すべきであります。

[4] 人権擁護委員を有給制とし、選任について推薦委員会の設置、平均年齢、定年制、再任制限、年代別選任義務、男女比率の最低限の遵守義務、外国人の選任を可能にする方策等を盛り込むこと
 「人権擁護委員」人選の方法について、法案は、「市町村長が推薦した者のうちから弁護士会及び都道府県人権擁護委員連合会の意見を聴いて、人権委員会が委嘱する」(22条)としていますが、答申で「各地の実情に応じた実効的な人選の在り方を追求していくことが適当」としていることを踏まえ、それが名誉職的なものにとどまらず、人権救済のためより実効的な機能を持つためには、地方ごとに、推薦委員会の設置や公募制の採用、各種民間団体との事前協議などの方法を積極的に検討し実現できるような規定とすべきであります。

 年齢層・男女比率・外国人の参加問題についても、答申はそれぞれ、様々な年齢層の者で構成されることが望ましい、半数が女性であることが望ましい、外国人の選任を可能にする方策を検討すべきなどとしていますが、法案にはこれらに関する規定が全く欠けており、これは看過し得ない問題であります。平均年齢、定年制、再任の制限、年代別の均等な選任義務、男女比率の最低限の遵守義務等について、たとえば、平均年齢55才目途、70才定年制、再任は2回(計3期)まで、男女の一方の性が40%をくだらないこと等、具体的な基準を定めることが望ましいと考えます。

 ちなみにこの点、当会は、かねて1992年10月20日付神弁発第284号をもって、神戸地方法務局に対して、「原則的に70才を超える委員の委嘱は望ましくなく、又再任の際も、長期在任による意識の弛緩による名誉職化などの弊害を避けるためにも、原則として3期、9年を超える委員の委嘱は望ましくないと考えられます。」との要望を行っております。

 また法案は現行の無給制を維持するとしていますが、年齢層の多様化を図り、また日常的・積極的な活動を期待するためには、有給化を採用するのが妥当であります。(さらに有給化だけでなく、自由業以外の者も参加できるよう、企業や団体の理解を得られるような運動も重要です。)

イ、調査権限の実効的行使の観点から、
[1] 人権委員を各地方ごとに選任すること
 具体的事件に対応して実効的に調査権限を行使するという観点から、調査を事務局ないし地方事務所に全面的に委ねる運用は適当ではなく、「人権委員」自ら一定の関与をするべきであります。
 そのためには、人権委員が委員長以下5名(うち非常勤3名)、東京に置くだけで地方には置かないとの法案では不十分であり、少なくとも各都道府県及び政令指定都市に1名は常勤として選任されるべきであります。

[2] 人権擁護委員にも研修等のうえで特別調査権限も持たせること
 仮に、それが困難であるならば、現在、全国に渡り多数選任されており、民間性を有する人権擁護委員が、特別救済手続における具体的調査に関与できるよう手続規定を整備し、現在の啓発活動中心ともいえる人権擁護委員の在り方を変革すべきであります。

 この点、法案では、人権擁護委員に、任意調査である一般救済手続事件における調査及び措置権限を付与しているものの(28条5号、39条2項、41条2項)、人権侵犯事件の救済手続の中心となるべき、強制的な調査権限を伴った特別救済手続への関与は全く認めていません(44条2項)。

 人権擁護委員の人選の独立性と多元性を確保し、かつ、専門性という意味で一定の選抜ないし国際人権法等に関する研修等を義務付けた上で、特別救済手続に一定の関与ができるようにすることにより、人権委員会の調査手続に民間性と独立性を注入すべきであると考えます。

[3] 人権委員の調査立会及び事務局の報告義務
 また、人権委員会事務局ないし地方事務所が調査に関与する場合でも人権委員、人権擁護委員はできるだけ調査に立ち会い、あるいは少なくとも事務局の人権委員、人権擁護委員に対する個別事件ごとの定期的な報告義務を課すべきであり、

[4] 国際人権法を修得しうる研修の実施
 人権侵害は往々にして国内的には合法的に行われるという過去及び現在の歴史的教訓を踏まえ、事務局、地方事務所職員、人権擁護委員に国際人権規約等に基づく具体的事件の調査活動を想定した事例研修等を課すべきであります。

(4)職権調査及び政策提言機能の積極的行使
ア、前述の「パリ原則」等によって国内人権機関に要請される「職権調査」および「政策提言活動」について、法案では38条3項、20条にて規定されておりますが、今後の運用の問題でもありますが、以下の理由から、かかる権限及び活動の積極的行使が要請されます。

イ、すなわち、パリ原則では、国内人権機関が扱う問題は、単に申立人が申立をした個別事案にとどまらず、「国内人権機関が自ら取り上げることを決めたあらゆる人権侵害の情況」も含むこと、さらに「現行の法律や行政規定」に対しても、「上位機関の照会なしに」意見、勧告、提案および報告をなしうる、という活動をするよう求められており、パリ原則の後、1995年に、国連人権センター(現国連人権高等弁務官事務所)が発行した「国内人権機関人権の伸長と保護のための国内機関作りのための手引き書」(いわゆる「ハンドブック」)においても、「第4部政府に対する助言と援助の任務」として、「諮問なしで意見や勧告を提出できる広範な権限付与が望ましい」「現行法及び提出法案の見直しと新法起草における援助」「一般政策上及び行政上の助言」の項が設けられています。また、「第5部 人権侵害の申立に対する調査の任務」の中にも「3職権による調査」の項が設けられ、人権侵害に関する調査について、申立以外に職権による調査活動も念頭におかれています。

ウ、各国における国内人権機関の規定を見てみると、
・オーストラリア
 オーストラリアの国内人権機関である「人権委員会」においては、職権による調査の権限があり、「公開調査」と呼ばれる広範な調査や聞き取りを元に、報告書を作成、司法大臣を通じて議会に提出し、行政に対する提言や法改正の提言を行っています。

・ニュージーランド
 同じく、国内人権機関である「人権委員会」では「いかなる法律の制定、または政府のものであれ否であれ、いかなる慣行もしくは手続きを含め、人権がそれによって侵害されると委員会が考えるいかなる問題についても、一般的な調査を行うこと」が権限とされており、差別の申立の処理にとどまらず、人権に関わるあらゆる事柄についての公的声明の発表や調査、立法行政措置(案)に関する提言など、人権問題一般について自らのイニシアチブで行動をとることが認められています。なお、1995年に人権委員会が作成した報告書では、社会保障改正法が人権法違反になるとの見解を出すなど、積極的な活動をしています。

・フィリピン
 国内人権機関である「人権委員会」の調査部では、所属する地域事務所もしくは地方事務所に直接寄せられた申立、もしくは新聞、NGOなどの第三者からの情報を受けた場合、人権委員会の管轄圏内であると各事務所の所長によって判断されれば職権により調査を開始する制度になっています。

・イギリス
 包括的権限のある国内人権機関はなく、分野ごと独立して活動している委員会が分野・地位別に個別に活動しています。中でも、「人権平等委員会」と「機会均等委員会」は、差別禁止法によって調査権限が与えられています。委員会が違法な差別行為が存在する疑いがあると判断した場合、委員会は公式調査を開始することができます。また、委員会は、設置法である差別禁止法に定められた範囲内において、人権状況の監視や政策提言活動を行っています。設置法に関して必要に応じて見直しを行い、議会に改正案を提出することが任務とされています。

エ、当会が、自主的・能動的調査権限および政策提言活動の重要性を説く理由は、以下のとおりであります。
・現在も残る、法律・行政による人権侵害
 つい先頃まで長年にわたり放置されつづけた、ハンセン病に関する「らい予防法」と「隔離政策」の継続は、法律と行政による人権侵害事案でありました。このような、法律や行政による人権侵害は過去のことではありません。残念ながら、我が国では現行法や行政政策の中に、少なくとも「人権侵害の可能性」を含んでいるものが存在すると思われます。身近な例でも、民法中には「非嫡出子の不平等取扱」などの問題があり、行政においても、拘禁施設における拘禁者に対する処遇の問題や、生活保護受給における運用などにおいて、恒常的・全国的に人権侵害的な行政施策が行われている可能性があります。

 このような法律・行政による人権侵害をくい止めるためには、国内人権機関に、法律や行政施策に対する意見を(単なる「助言」にとどまらず)積極的に明らかにし、公表できるようにするべきであります。

・職権による調査の積極的行使を
 また、人権侵害が制度や規則の運用として全国的に行われているような場合には、個別的な申立事案の救済活動だけでは根本部分についての解決は図れません。

 また、救済が必要と考えられる人権侵害事案の被害者が必ずしも申立をするとは限らないため、社会的に問題になっているような人権侵害についても手つかずのまま放置されてしまう危険があり、職権による調査の介入を認める必要性は高いと考えられるのであります。

 かかる歴史的経緯及び広域的な人権侵犯事犯の性格等からして、職権調査及び政策提言が積極的に行使される体制が構築されることも重要な課題であると考えます。そのためにも、人権委員、人権擁護委員、事務局等の独立性と多元性、有給制、国際人権法による研修等、前記事項が実現されることが重要となってくるものと考えます。

(5)調査対象を限定すべきでないこと
 法案は、任意調査及び関係人間の調整機能を中心とする一般救済手続の対象となる人権侵害事件については特に限定を加えていませんが、強制的な調査権限及び調停仲裁、勧告・公表、訴訟援助を行う「特別人権侵害」事件について、「差別的取扱」、「虐待」、「セクハラ」、「それに準ずる人権侵害で自ら排除又は回復措置を取ることが困難なもの」、「差別助長行為」に限定しています。しかし、これは狭きにすぎるものであります。

 たとえば、弁護士会人権擁護委員会に対する救済申立のうち、刑務所・拘置所あるいは警察代用監獄における人権侵害事例では、職員等による暴行など「虐待」と分類できる顕著な人権侵害ばかりではなく、むしろ細々とした日常行動上の多岐にわたる掣肘(たとえばノートの利用制限、運動や入浴制限、日常動作の細かな掣肘等々)を過剰な自由の制限であるという趣旨の申立も多くあります。このような申立に対し、法案のような類型列挙方式をとると、「虐待」とはいえない、「差別」とはいえない、などとして切り捨てられる恐れが大きくなります。「差別」といえなくとも、また「虐待」とまではいえなくとも人権に関わる不当な処遇はありえることは否定できず、救済活動の入り口で人権救済の対象を狭く限定するのは適当ではないと考えられます。

 法案では、「それに準ずる人権侵害で、被害者自ら排除回復困難な場合」との絞りがかけれらていますが、「被害者自ら排除回復困難な場合」とはたとえば民事裁判ないし行政不服手続をできる場合は人権委員会の救済対象から排除するとの解釈に容易に結びつきかねません。しかし、訴訟ではでは迅速性、費用等に課題があり、行政不服手続では審査期間の独立性、中立性等に課題があるゆえに、今般、独立した国内人権救済機関の設置が要請されている経緯に照らして考えたとき、あくまで例示列挙と位置づけ、最後に「それに準ずる人権侵害行為」程度の項目を置くべきであります。