アーカイブス

このページは旧サイトに掲載されていた記事のアーカイブです。

トピックス

HOME > 意見表明(1998年-2010年) > 弁護士に依頼者を密告させる「ゲートキーパー立法」に反対する会長声明

意見表明(1998年-2010年)

≪会の決議と会長声明一覧へ戻る

弁護士に依頼者を密告させる「ゲートキーパー立法」に反対する会長声明

2002年(平成14年)10月7日
兵庫県弁護士会 会長 藤野 亮司

1 ゲートキーパー立法とは

 ゲートキーパーとは「門番」を意味する。現在マネーロンダリングを防止するために、弁護士をマネー流通における国の「門番」にしようとする立法の準備がなされている。これがゲートキーパー立法である。立法では、弁護士は、依頼人が「マネーロンダリングの疑いのある取引」をしている場合、国に対してそれを通報する義務を負うことになる。通報したことを依頼者に内報したり、通告を怠った場合、弁護士は処罰される。すなわち、刑罰の強制をもって、弁護士に依頼者を密告させる法律である。

 「マネーロンダリングの疑いのある取引」とは特殊な取引に見えるが、実は広い概念である。(1)ベンチャービジネスに関与して欲しいと依頼を受けたが当面法的業務がない場合、(2)打合せに来るのは依頼者の親族で依頼者本人には会ったことがない場合、(3)依頼者が通常の報酬より高額の報酬を支払った場合等、弁護士の業務では日常起こりうる依頼であるが、このような場合も、「マネーロンダリングの疑いのある取引」にあたり、弁護士は国に密告する義務を負う可能性がある。これは、後記の通り弁護士の守秘義務を失わせる極めて危険な法律である。

 立法は、OECDの金融活動作業部会(FATF)によって勧告という形で準備されている。通常、国際機関の勧告は条約のような法的拘束力がないが、OECD関係の勧告は、履行しないと世界市場から排除されることから、事実上強力な拘束力をもっている。勧告がなされれば、わが国でもそれに準拠した国内法が制定されるのは確実であり、その準備が進められている。

2 結論

 当会は、弁護士に依頼者を密告させる「ゲートキーパー立法」に以下の理由で反対するものである。

(1) 弁護士の守秘義務

 弁護士職業の特色は、単に高度の法的専門職と言うだけでなく、国と一定の対抗関係に立ちつつ、依頼者の人権と法的利益を擁護することにある。このような弁護士の職業が有効に機能するためには、依頼者との信頼関係の形成が不可欠である。その信頼の基盤となるのは、弁護士が依頼者の秘密を守る権利を有し義務を負うからである。

 民事訴訟法(197条2項)、及び刑事訴訟法(149条)が、弁護士に対し職務上知り得た秘密についての証言拒絶権を与え、またわが国の刑法(刑法134条1項)が、正当な理由がないのに、依頼者の秘密を漏らすことを犯罪としているのはこのような弁護士の権利と義務を法律上のものとして規定したものである。弁護士法も、その23条において「弁護士又は弁護士であった者はその職務上知り得た秘密を保持する権利を有し、義務を負う。」と定めている。依頼者は秘密を打ち明けて弁護士に事務を委任するのであるから、秘密を他に漏らさないことは、弁護士の義務として最も重視されるものである。又この義務が遵守されることによって、弁護士の職業の存立が保障されるのである。

 ところが、依頼者がうち明けた秘密が、国に通報されるという制度ができれば、国との対抗関係の中で依頼者の人権・法的権利を守るという弁護士の職業の基盤をなす原則が根底から覆されてしまい、依頼者である市民の弁護士に対する不信感が引き起こされて依頼者との信頼関係の形成が不可能となる。又、弁護士は依頼者の正当な利益を守ることを通じて社会正義を実現することを業としてきた。しかし、充分な根拠もなく依頼者の秘密を国に密告することを義務づける法制度は、弁護士の根本的な職業倫理を侵すものである。業務の中で密告の対象という視線で依頼者を見るようになった場合、弁護士は依頼者の正当な利益を守ることを通じて社会正義を実現するという業務を自ら放棄することになる。

 弁護士の守秘義務は永い歴史の過程を経て形成され、その重要性と有効性が確認されてきた弁護士の職務における基本原理である。守秘義務は依頼者の正当な権利の擁護を実行するために、不可欠な制度であり、司法が正しく機能するためには、その最大限の尊重がなされなければならない。依頼者の疑わしい取引について弁護士に対し、金融機関と同様同一の通報義務を課する制度は、この弁護士の職務における基本原則と意義を理解しない点で重大な誤りを犯している。

(2) 他の手段によるマネーロンダリングの防止

 確かにマネーロンダリングの防止は重要であり、弁護士がマネーロンダリングが荷担することがあるとすればそれは許されるべきではない。従って、弁護士が、取引の対象が犯罪収益であることを確定的に知っていた場合は、かかる取引を止めるように依頼者を指導すべきである。又、かかる事実を知りながら、適切な措置をとらなかった弁護士は弁護士倫理に違反するものとして懲戒の対象とすべきである。更に、弁護士は、依頼者が上記の指導にもかかわらず、取引を停止しないときは、その代理人を辞任し、それ以上の法的助言を拒否するべきである。

 又、日本弁護士連合会は、弁護士のマネーロンダリングへの荷担は、ゲートキーパー法によらなくても充分防止できるのである。マネーロンダリングの防止は我々が等しく尽力すべき重要な課題であるが、だからといってマネーロンダリング対策のために守秘義務を失わせることは重大な誤りである。

(3) 立法事実の不存在

 そもそも、わが国では弁護士がマネーロンダリングに深く関わっていることを示す事例の報告はない。このことは法務省も認めているところである。確かに国際的な規制の方向には充分考慮する必要はあるが、少なくともわが国においては、弁護士に対してマネーロンダリングの疑いのある活動について報告義務を制度化する前提たる立法事実が存在しないのである。従って、わが国において、このような報告義務を制度化する必要は皆無であると言わざるを得ない。

以上