意見表明

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一時保護の司法審査導入に関する意見書

2021年12月23日

兵庫県弁護士会 会長 津久井 進

第1 意見の趣旨

 一時保護の司法審査に関し、厚生労働省の提案する「一時保護状(仮称)」の導入は拙速であり、子どもの権利条約の理念に基づく制度設計を慎重に議論するべきである。

第2 意見の理由

1 厚生労働省の社会保障審議会児童部会社会的養育専門委員会は、2021年12月17日、「令和3年 社会保障審議会児童部会社会的養育専門委員会 報告書」(以下、「報告書」という。)をとりまとめた。報告書には、一時保護の司法審査制度を導入するべき旨の記載がある。報道によれば、厚生労働省は、2022年の通常国会で、同制度を導入する児童福祉法改正案を提出するとのことである。
 一時保護の司法審査に関し、報告書に記載の骨子は、次のとおりである。

① 一時保護を行う場合、事前又は保護開始日から起算して7日以内に裁判官に対して一時保護状(仮称)を書面で請求する(なお、以下、当声明において、「一時保護状(仮称)」は、「一時保護状」と表記する)。

② 裁判官は、一時保護開始時点における一時保護の適正性について、一時保護開始時点に生じていた事情に関し、児童相談所が請求時点までに収集した資料も斟酌して判断する。裁判官が一時保護の適否について適切かつ迅速に合理的な審査を行うために、一時保護の要件を法令上明確化する。ただし、一時保護の要件の明確化にあたっては、子どもの最善の利益を守るための躊躇なき一時保護の運用を損なわない観点にも十分留意する。

③ 裁判官は、子どもに対する虐待のおそれがあるとき等の一時保護の要件を該当すると認める場合は、明らかに一時保護を行う必要がないと認めるときを除いて、一時保護状を発付する。

④ 児童相談所等は、一時保護状を得た場合は引き続き一時保護を実施することが可能であり、却下された場合は一時保護を解除することとなる。

⑤ 司法審査の対象となる一時保護について、親権者等が一時保護に同意した場合や一時保護状の請求までに一時保護を解除した場合等は除く。

⑥ 一時保護状の請求について却下となり、一時保護を解除した場合には、事案によっては、子どもの生命及び心身に重大な危害が生じるおそれがある。このため、そのような事例に限り、当該却下の裁判に対する児童相談所からの不服申立手続を設けるべきである。

⑦ 一時保護を行う場合には、児童相談所等は一時保護の決定前または緊急に一時保護を行った場合等には事後に子どもの意見の聴取等を行い、その意見・意向を把握・勘案しなければならない旨を法令や通知等に規定する。

⑧ 一時保護の際など、児童相談所等が必要となる関係機関へ調査する権限を児童福祉法上明確化する。

⑨ 一時保護時の司法審査の導入に伴い、今後とも児童相談所長において法務に従事する人材を含め体制の強化が必要であるとともに、施行までの十分な準備期間を確保する必要がある。

2 確かに、子どもの権利条約(以下「条約」という)第9条において、父母の意に反する親子分離は司法の審査に従うことを条件として適用のある法律および手続に従うことが求められている。一時保護は、保護した子どもの行動を制限し、その親権者の親権の行使を制限する効果を及ぼす。よって、その判断の適正性や手続の透明性の確保のため、司法審査を行うべきであるという点に異論はない。
 しかしながら、今般、厚生労働省が提示した一時保護状の導入による司法審査は、次のとおり、検討不十分である。

3 第一に、一時保護は、上述のとおり、親権者の有する親権を制限する効果を及ぼす。一時保護の司法審査は、親権者の利益と、子どもを保護してその心身の安全を確保する利益とを調整する制度と言える。
 もっとも、そもそも、一時保護は、子どもの福祉のために行われる。条約第9条は、「ただし、権限のある当局が司法の審査に従うことを条件として適用のある法律及び手続に従いその分離が児童の最善の利益のために必要であると決定する場合は、この限りでない。」と定め、父母の意に反する分離が、子どもの最善の利益のために必要である場合を認めている。一時保護の司法審査において、単純な比較考量に陥り、親権者の利益を優先させ、子どもの一時保護を認めないという事態は絶対にあってはならない。
 一時保護の司法審査制度を設計する上では、この点が原則論として確認されなければならない。厚生労働省の提案は、この点が明確でない。
 また、報告書によれば、親権者が一時保護に同意しなかった場合、児童相談所が一時保護状の発付を求めるというスキームである。しかし、これが実務に及ぼす影響は大きい。すなわち、子どもを保護する緊急性が高い状態であるにもかかわらず、児童相談所が親権者から一時保護の同意を得ようと試み、その結果、保護が遅れる事例が生じることが予測される。児童相談所職員によるケースワークに支障が生じることも予測される。さらに、性的虐待に多く見られるように、子ども自身の供述しか保護をする根拠がない事案の場合に、児童相談所が、一時保護状の請求が却下されることを懸念して、一時保護に躊躇するということも起こり得る。
 さらに、現状として、いわゆる、調査目的での一時保護も数多く行われている。これは、子どもの心身の状況,その置かれている環境その他の状況を把握する目的でなされる一時保護である。この運用は、子どもの心身に対して危害が加えられる可能性を考えて、未然に虐待を防ぐ趣旨で実施されている。一時保護状の導入は、このような運用に歯止めをかける可能性があり、その適否について慎重に議論されなければならない。

4 第二に、そもそも、条約第9条の求める「司法の審査」が、今般厚生労働省から提示された一時保護状の制度化によって、その趣旨が具体化されると言えるのか疑問である。
 同条第2項は「すべての関係当事者は、1(項)の規定に基づくいかなる手続においても、その手続に参加しかつ自己の意見を述べる機会を有する。」と規定している。このことから明らかなように、条約が求める「司法の審査」は、関係者の手続参加(手続保障)を想定している。
 条約第9条に基づいて考えると、一時保護という迅速性が要求される場面で、どのようにして、関係者である親権者や子どもに意見を述べる機会を付与するのかを議論する必要があるはずである。他方で、一時保護の場面で手続参加を重視すればするほど、一時保護の迅速性は後退することにも留意が必要である。
 この点、報告書では、一時保護状の制度が、条約第9条に基づき要請される制度であるかのように書かれている。しかし、上述のとおり、条約第9条の「司法の審査」は関係者の手続参加をも想定している。条約第9条に基づくと、一時保護状が、親権者から同意が得られないときに請求されるのであるとすれば、その司法審査の場面において、なおさら、親権者の言い分が聴聞されるべきという結論が導かれうる。しかし、報告書は、この結論にまで言及していない。これは、一時保護の迅速性が後退することを懸念してのものであると推測する。
 このように、厚生労働省が提案する一時保護状の制度は、必ずしも条約第9条の趣旨が具体化されたものとは言えない。条約第9条の趣旨に合致した司法審査のあり方について、より綿密に議論されるべきである。

5 第三に、子どもは保護の客体ではなく、大人に対して保護を要求できる主体であるという観点を忘れてはならない。これは、人は生まれながらにして権利行使の主体であるという観念の帰結である。
 この観点からすれば、報告書が、子どもの意見の聴取を義務づける旨の規定を設けるとしている点は、評価できる。しかしながら、実情としては、一時保護の場面で、子どもが、自らの意見を表明することは難しい。このため、子どもの意見を聴取し、司法審査の場で代弁し、親権者の主張に反論するなど、子どもの意見表明権を実質的に保障する仕組みが必要である。一時保護の司法審査の制度設計においては、これを保障するために、子どもの代理人制度を組み込むことも検討されるべきである。

この点、当会では、令和3年10月1日から、試行的にではあるが、一時保護をされた子どもを対象に、意見表明支援員として弁護士を派遣する取り組みを始めた。当会の制度が参考にされるべきである。

6 第四に、一時保護状の請求手続において裁判官は何を審査対象とするのかも十分に議論されなければならない。
 報告書によれば、裁判官が一時保護の適否について適切かつ迅速に合理的な審査を行うために、一時保護の要件を法令上明確化するとされている。そうとすれば、法令上明示された法律要件の該当性が司法審査の対象となる。
 しかし、前記3のとおり、児童相談所においては調査目的の保護も実施されている。また、報告書にもあるとおり、子どもの最善の利益を守るために躊躇なく一時保護を実施する必要がある。現行法上、一時保護の要件は、児童相談所長が「必要があると認めるとき」となっているが、法令上の要件の設定によっては、これまで実務上行われてきた一時保護が実施できなくなる可能性がある。このように、一時保護の要件の明確化にはかなり慎重な議論が必要なはずである。2022年の通常国会に法案を提出できる程度にまで議論が熟しているとは思えない。

7 第五に、一時保護状の制度を導入するにしても、それに対応できる人材が必要となる。しかし、現状として、日本の児童相談所及び家庭裁判所の人的体制は、圧倒的に不足している。このような現状に鑑みると、現時点で、一時保護状の制度を導入したとしたら、現場に混乱をもたらし、かえって子どもの権利保障を後退させる危険性が多分に想定される。
 この点、報告書にもあるとおり、児童相談所及び裁判所における体制の強化が必要不可欠である。報告書には、「施行までの十分な準備期間を確保する必要がある」との記載があるが、一時保護の司法審査の議論をする上では、人的体制の問題も併せて議論し具体化していくべきである。

8 以上により、一時保護の司法審査の必要性はあるものの、厚生労働省が提示する一時保護状の制度は、議論が十分に尽くされていないことが明らかである。

 当会は、一時保護の司法審査に関し、一時保護状の導入は拙速であり、条約の理念に基づいた制度設計を慎重に議論するべきであると思料する。

以上

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