意見表明

ヒマリオンの部屋ヒマリオンの部屋

契約書面等の電子化に関する政省令整備についての意見書

2022年(令和4年)2月24日
兵庫県弁護士会
会 長  津 久 井 進

第1 意見の趣旨

「消費者被害の防止及びその回復の促進を図るための特定商取引に関する法律等の一部を改正する法律」(令和3年法律第72号)は、特定商取引法に関する法律(以下、「特定商取引法」という。)上、販売業者又は役務提供事業者(以下、「販売業者等」という。)が消費者に対して義務的に負う「書面の交付」について、消費者の承諾(以下、「承諾」という。)を得て、その記載すべき事項を電磁的方法により提供することによって代替することを可能とする条文を設けたが、当該条文上、得るべき消費者の承諾及び電磁的方法による提供方法の詳細については、それぞれ政令及び省令に委任されている。

そこで、当会は、契約書面等の電子化を認めた上記改正法の施行に伴う関係政令の整備にあたっては、以下のような条件を満たすよう求めるものである。

1 承諾の真意性を確保するための政令事項

⑴ 販売業者等は、消費者が日常的に情報通信機器を利用し、その基本操作に支障がない程度のデジタル・リテラシーを有することを、承諾前に確認しなければならない。

⑵ 販売業者等は、消費者からの承諾を得るに先立ち、書面交付に代わる電磁的方法による書面記載事項の提供の意味について、当該消費者の知識及び経験に照らして、当該消費者に理解されるために必要な方法及び程度による説明をしなければならない。また、説明にあたっての不実の告知等が禁止されるべきである。

⑶ 消費者からの承諾は、販売業者等に対して、その旨の意思表示を記載した書面の提出又は電子メールを送信する方法により、行うものとする。

⑷ 販売業者等は、消費者からの承諾があったときは、直ちにその写しを消費者に交付し又は電子メールを送信する方法により提供するものとする。

⑸ 訪問販売、電話勧誘販売及び訪問購入並びに契約勧誘時又は契約締結時に消費者と対面する場合の連鎖販売取引、特定継続的役務提供、業務提供誘引販売取引については、承諾の真意性確保のための特別の手続的要件を加重するべきである。

2 電磁的方法による提供の適正さを確保するための省令事項

⑴ 省令で定める電磁的方法は、電子メールを送信する方法(当該送信を受けた消費者が当該電子メール又は当該電子メールに添付されたファイルを出力することにより、法定記載事項を網羅的に記載した書面を作成することができるものに限る。)とするべきである。

⑵ 上記⑴の電子メールの送信の方法をとる場合、当該電子メール本文には、その冒頭の当該電子メールの受信をした消費者が容易に認識することのできる場所に、法定記載事項の要約として、商品又は役務の名称、数量、代金額、クーリング・オフの権利を表示することを要するものとするべきである。また、上記の冒頭表示は、赤枠の中に赤字で記載しなければならないものとするべきである。

⑶ 販売業者等は、次に掲げる要件のいずれかを満たす電子計算機処理システムを使用して当該電磁的方法により提供された書面記載事項の保存を行うことを要するとするべきである。

ア 当該電磁的方法により提供された書面記載事項について訂正又は削除を行った場合には、これらの事実及び内容を確認することができること。

イ 当該電磁的方法により提供された書面記載事項について訂正又は削除を行うことができないこと。

⑷ 販売業者等は、消費者から、書面の再交付又は再度の書面記載事項の電磁的方法による提供の請求を受けたときは、これを交付又は提供する義務を負うものとするべきである。

⑸ 消費者が65歳以上である場合には、販売業者等は当該消費者に対し、家族等に対しても書面記載事項の電磁的方法による提供を希望するか否かを意思確認する義務を負い、その意思がある場合には家族その他消費者が指定する第三者に、直ちにこれを提供しなければならないものとするべきである。

第2 意見の理由

1 はじめに

特定商取引法上、販売業者又は役務提供事業者(以下、「販売業者等」という。)が消費者に対して義務的に負う「書面の交付」について、「消費者被害の防止及びその回復の促進を図るための特定商取引に関する法律等の一部を改正する法律」(令和3年法律第72号)は、書面の交付に代えて、政令で定めるところにより、消費者の承諾を得て当該書面に記載すべき事項を電磁的方法(電子情報処理組織を使用する方法その他の情報通信の技術を利用する方法であって、主務省令で定めるものをいう。)により提供することができる旨の条文(特定商取引法第4条第2項、第5条第3項、第18条第2項、第19条第3項、第37条第3項、第42条第4項、第55条第3項、第58条の7第2項、第58条の8第3項)を新設した。

そのため、契約書面等の電子化を認めた上記改正法の施行に伴う関係政令の整備が問題となっている。

この点につき、令和3年6月4日付け参議院地方創生及び消費者問題に関する特別委員会による附帯決議第1項(以下、「本件附帯決議」という。)においては、「書面交付の電子化に関する消費者の承諾の要件を政省令等により定めるに当たっては、消費者が承諾の意義・効果を理解した上で真意に基づく明示的な意思表明を行う場合に限定されることを確保するため、事業者が消費者から承諾を取る際に、電磁的方法で提供されるものが契約内容を記した重要なものであることや契約書面等を受け取った時点がクーリング・オフの起算点となることを書面等により明示的に示すなど、書面交付義務が持つ消費者保護機能が確保されるよう慎重な要件設定を行うこと。また、高齢者などが事業者に言われるままに本意でない承諾をしてしまうことがないよう、家族や第三者の関与なども検討すること。」とされており、その趣旨が十分尊重されるべきである。

 当会が、2021年(令和3年)1月20日付け「特定商取引法上の書面交付の電子化に反対する意見書」において指摘したとおり、特定商取引法上の書面交付は、①情報提供(消費者に対して、クーリング・オフ権の行使の是非の判断をするための前提となる適正な情報環境を調え、かつ、書面交付の日がクーリング・オフ期間の起算日となること)、②証拠確保(契約内容を明らかにして後日の紛争を防止すること)、③拘束力の警告(不意打ち的勧誘に基づく契約、将来の見通しが不透明な契約、不確実な利益獲得を目指す複雑な契約であったとしても、契約としての拘束力を有することを消費者に警告すること)といった目的のため義務付けられているものであり、これらの機能を十全に発揮するには、本来であれば、嫌でも目に付く物理的媒体としての「紙」が望ましく、電磁的方法による情報提供をもって、紙による書面交付に代替させるにあたっては、これらの機能が低下しないよう、上記改正法の施行に伴う関係政令の整備にあたっては、以下のような条件を満たすように配慮が求められる。

2 承諾が消費者の真意に基づくものであることの確保(政令事項)

⑴ デジタル・リテラシーの調査義務(意見の趣旨第1項⑴)

販売業者等は、消費者が日常的に情報通信機器を利用し、その基本操作に支障がない程度のデジタル・リテラシーを有することを、承諾前に確認しなければならないとするべきである。特に、高齢者層ではデジタルデバイドがあり、情報通信機器の操作やITへの理解に難があることが多く、情報通信機器を保有していない場合はもちろん、これを保有していてもその操作方法に習熟していない消費者に対して、電磁的方法による情報提供をしても、当該情報にアクセスすることに支障があり、書面の交付に比べ弊害が大きいからである。

⑵ 承諾にあたっての説明義務(意見の趣旨第1項⑵)

販売業者等は、消費者からの承諾を得るに先立ち、①承諾は任意のものであり、当該承諾がない場合には原則どおり書面の交付がなされること、②当該電磁的方法により提供される電子データは契約内容を掲載した重要なものであること、③当該電磁的方法により電子データの提供を受けた日から、クーリング・オフ期間が起算されること、といった書面交付に代わる電磁的方法による提供の意味について説明しなければならないと考えられる。

また、その説明は、当該消費者の知識及び経験に照らして、当該消費者に理解されるために必要な方法及び程度によるものでなければならないと考えられる。

さらに、承諾を得るにあたり、例えば、電子交付により代金額・手数料等を有利に扱うことを表明することや、書面の交付よりも契約締結手続が迅速化する旨告げること等の承諾の真意性を損なうような不適切な勧誘は禁止されるべきである。

⑶ 承諾の意思表示の方式(意見の趣旨第1項⑶)

 消費者からの承諾は、販売業者等に対して、その旨の意思表示を記載した書面の提出又は電子メールを送信する方法により、行うものとするべきであり、口頭での承諾やSNSでのやりとりの中での承諾については、確実性や記録性に劣るため、認めるべきではない。

⑷ 写しの交付(意見の趣旨第1項⑷)

販売業者等は、消費者からの承諾があったときは、直ちにその承諾の意思表示がなされている書面又は電子メールの写しを、消費者に交付し又は電子メールを送信する方法により提供するものとするべきである。

書面交付に代わる電磁的方法による書面記載事項の提供は、消費者の承諾がなければ無効なのであって、承諾の有無は、クーリング・オフの起算日などの法律関係の確認のため必須であるからである。

⑸ 不招請勧誘及び対面取引の特例(意見の趣旨第1項⑸)

ア 不招請勧誘における特例

訪問販売、電話勧誘販売及び訪問購入といった不招請勧誘にかかる取引類型にあっては、いずれも遅滞なく書面を交付しなければならない義務があるから、書面交付に代わる電磁的方法による書面記載事項の提供についても、遅滞なく行うことが必要とされる。ところが、消費者は、不招請勧誘を受けて契約を締結してから間もない時期においては、締結した契約本体についてさえクーリング・オフが認められるほど、販売業者等からの勧誘による強い影響下にあるものと考えられ、その不招請勧誘の影響下で電磁的方法による提供の承諾を得たとしても、その承諾が消費者の自発的な動機に支えられた真意に基づくものと考えることには困難がある。

したがって、訪問販売、電話勧誘販売及び訪問購入といった不招請勧誘にかかる取引類型では、電磁的方法による提供の承諾が消費者の真意に基づくものであることを確保するため、要件を加重し、販売業者等は、勧誘開始から契約の申込み及び電子交付の承諾に至る全過程を消費者の同意を得て録音する方法により、消費者の承諾が真意に基づくものであることを証明しなければならないとするべきである。また、消費者は、販売業者等に対し、当該録音データの開示の請求権を有するものとするべきである。

イ 対面取引における特例

訪問販売、訪問購入はもとより、連鎖販売取引、特定継続的役務提供、業務提供誘引販売取引であっても、契約の勧誘時又は締結時に販売業者等が対面により消費者と接触する場合には、消費者からの承諾の方法として電子メールを送信する方法によるべき理由はないから、消費者からの承諾は、書面の提出の方法に限定するべきである。

また、書面の交付は遅滞なく行う義務があるところ、対面取引の場合には遅滞なき書面の交付が可能であるのだから、消費者の電磁的方法による書面記載事項の提供の承諾がなされるにあたっては、電磁的方法を選択するについての合理的理由が必須であると考えられる。したがって、対面取引において、消費者からの承諾を得る場合には、承諾書面に、電磁的方法を選択する理由を消費者に自署させるべきである。

3 電磁的方法による提供の適正さの確保(省令事項)

⑴ 電子メールによる提供への限定(意見の趣旨第2項⑴)

省令で定める電磁的方法は、電子メールを送信する方法に限るべきである。また、電磁的方法による提供は、書面の交付に代替するものであるから、当該送信を受けた消費者が当該電子メールの本文又は当該電子メールに添付されたファイルを出力することにより、書面の交付があった場合と同様の法定記載事項を網羅的に記載した書面(クーリング・オフについて赤字赤枠で囲うなどの書式においても適法なもの)を作成することができることが必須である。

販売業者等のウェブページにアクセスしてデータファイルを閲覧・ダウンロードするためのURLを記載した電子メールを消費者に対して送信しただけでは、それ自体を一瞥して理解することができず、消費者からのアクセスというさらなる積極的作為が必要とされる点で、情報提供・証拠確保・拘束力の警告のいずれの機能についても書面の交付と比較しあまりに不十分であり、電磁的方法による提供とは認められない。

⑵ 要約事項の表示(意見の趣旨第2項⑵)

電子メールの送信による電磁的提供の方法をとる場合、当該電子メール本文には、その冒頭の当該電子メールの受信をした消費者が容易に認識することのできる場所に、法定記載事項の要約として、商品又は役務の名称、数量、代金額、クーリング・オフの権利を表示することを要するものとするべきである。

また、上記の冒頭表示は、赤枠の中に赤字で記載しなければならないものとするべきである。

電磁的方法による提供の場合には、クーリング・オフ権の告知機能は、書面の交付の場合よりも劣ると考えられ、これを補完するため、メール本文冒頭に契約内容の要点とクーリング・オフに関する事項を記載することが有効であると考えられる。

⑶ 電子データの保存(意見の趣旨第2項⑶)

販売業者は、次に掲げる要件のいずれかを満たす電子計算機処理システムを使用して当該電磁的方法により提供された書面記載事項の保存を行うことを要するとするべきである。

ア 当該電磁的方法により提供された書面記載事項について訂正又は削除を行った場合には、これらの事実及び内容を確認することができること。

イ 当該電磁的方法により提供された書面記載事項について訂正又は削除を行うことができないこと。

電磁的方法により提供された書面記載事項について、事後的に販売業者等が保存しているものと消費者が保存しているものとの齟齬が生じるなどの紛争の発生を予防するため、改変の可能性かないように保存することを販売業者等に求めるべきである。具体的には、タイムスタンプ(ある時刻にその電子データが存在していたこととそれ以降改ざんされていないことを証明する技術)を施すこと等が考えられる。

⑷ 再請求(意見の趣旨第2項⑷)

 消費者は、一旦、承諾をして電磁的方法により書面記載事項の提供を受けた場合であっても、デジタル・リテラシーの不足やデータの誤抹消などの理由で、もう一度契約に関する情報提供を受けたいと考えたときは、販売業者等に対し、書面の再交付又は再度の書面記載事項の電磁的方法による提供の請求をすることができるものとするべきである。

なお、この場合の書面の再交付又は電磁的方法による書面記載事項の再提供は、当然のことながら、クーリング・オフ期間の起算点にはならないものである。

⑸ 家族等への提供(意見の趣旨第2項⑸)

本件附帯決議の趣旨を踏まえ、消費者が65歳以上である場合には、電磁的方法による提供が書面交付と比べるとクーリング・オフの告知機能に劣り、家族等による見守りや契約締結の事実の発見機能が失われるおそれが大きいことから、販売業者等は、当該消費者に対し、家族等に対しても書面記載事項の電磁的方法による提供を希望するか否かを意思確認する義務を負い、その意思がある場合には家族その他消費者が指定する第三者に、直ちにこれを提供しなければならないものとするべきである。

以 上

PDFファイルはこちら→

この記事をSNSでシェアする