意見表明

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緊急事態時に衆議院議員の任期延長を認める憲法改正をすることに反対する会長声明

2023年(令和5年)1月27日

兵庫県弁護士会 会長 中 上 幹 雄

第1 声明の趣旨

1 衆議院憲法審査会で審議されている、大規模災害や戦争等の緊急事態時において衆議院議員の任期 延長を認める憲法改正をすることに反対する。
2 国は、緊急事態時でも選挙が実施できるよう公職選挙法等の制度の改正を検討するべきである。

第2 声明の理由

1 はじめに
 衆議院憲法審査会は、近時、慣例に背いて多数決により審議を進めるようになり、令和4年12月1日の同審査会では、大規模災害や戦争等の緊急事態時に国会の権能を維持するために、衆議院議員の任期を延長する必要があるとする方向で憲法改正に向けた論点整理を加速させている。
 しかし、衆議院議員の任期延長論は、国民の選挙の機会を縮小させる方向の憲法改正の議論であるから、国民主権の観点からは、広く世論を喚起しながら国民と共に慎重に議論されるべきものである。しかし、憲法審査会の議論状況はほとんど報じられず、世論の関心も低く、国民的議論が高まっているとはいえない。このような状況下での近時の衆議院憲法審査会の審議の進め方には、強い危機感を覚えざるを得ない。

2 緊急時であっても国民の選挙の機会を保障すべきこと
 憲法は、公務員の選定罷免権を国民固有の権利であると規定し(憲法15条1項)、成年者による普通選挙を保障し(同条3項)、さらに、国会の両議院について「全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する」と定めて(同43条1項)、主権者である国民が国会議員を自ら選択する機会を保障している。国民主権を重視する観点から、緊急時であっても国民の選挙権を実質的に保障する方向で検討されるべきである。
 そうすると、内閣等の判断で国会議員の任期を延長することには、国民の選挙の機会を縮小させる結果となることから、慎重かつ謙抑的でなければならない。まずは、任期延長をしなくても国会の権能を維持できないか、また、選挙制度の拡充により多様な選挙を実現できないかが検討されるべきである。

3 緊急集会の権能の充実により国会の権能は維持できること
 憲法は、衆議院議員の任期を4年とし(憲法45条)、参議院議員の任期は6年として3年ごとに議員の半数を改選すると定めている(同46条)。現在、衆議院憲法審査会では、衆議院が解散もしくは任期満了時に大規模災害や戦争等のために選挙が不実施となれば議員不在となる、として、このような緊急時に国会の権能が維持できるかどうか、そのために緊急事態において議員の任期延長を認める憲法改正が必要かどうかを問題にしている。
 この点、第1に、参議院は3年ごとに半数が改選されるため国会議員が不在となることはない。また、第2に、憲法54条2項は、衆議院解散時に、国に緊急の必要があるときは、内閣が参議院の緊急集会を求めることができるとして、緊急時の対応を定めている。この緊急集会において採られた措置については、「臨時のものであつて、次の国会開会の後十日以内に、衆議院の同意がない場合には、その効力を失ふ」として(憲法54条3項)、緊急時における参議院の措置には衆議院の関与の機会も保障されている。
 このように、憲法上、緊急時対応については、任期延長ではない方法で、一定の整備が施されており、国会の権能が喪失されるわけではない。衆議院議員の任期延長の議論の前に、むしろ参議院の緊急集会を軸とした国会の役割の充実について議論することが先決である。

4 多様な選挙制度の整備により国民の選挙の機会を確保すべきであること
 災害等で選挙の実施が困難になる理由は二つ考えられる。一つは、選挙人名簿の住所地でない地域に避難した被災者が、被災地の投票所まで出向くことができないこと、もう一つは、被災自治体が人的物的被害を受けながら選挙管理事務を担うことが事実上困難であることである。
 一つ目については、選挙に関する事項は法律で定めることができるので、公職選挙法の郵便投票制度を障害者や要介護者に加えて被災者にまで拡大適用することや、指定港の市区町村選挙管理委員会における船員の不在者投票制度を被災者に拡大適用すること等によって対処することができる(日本弁護士連合会2017年(平成29年)12月22日付「大規模災害に備えるために公職選挙法の改正を求める意見書」参照)。
 二つ目の被災自治体の負担の問題については、災害対策基本法の被災自治体への職員派遣制度を弾力的に運用し、また、費用を被災自治体と派遣自治体だけに負担させず国が負担することによって効果的に対処が可能である。
 そのほか、平時から選挙人名簿のバックアップを取ること、災害時には議員の任期延長ではなく選挙自体の延期を一定の要件下で認める制度を取ること、科学技術を活用した時代に即した投票管理を制度化することなど、憲法改正ではなく、選挙制度を拡充する法律改正によって国民の選挙権を具体的に保障することが可能である。
 このように、任期延長によらず、国会の権能を維持する方法は考えられるのであり、その検討こそが現実的対応といえる。

5 危機時の対応の在り方
 衆議院議員任期延長論の端緒として災害等の危機が挙げられるのが常であるが、危機対応の大原則は「準備していないことはできない」ということである。東日本大震災をはじめ多くの災害対応で、国や自治体に不手際が見られたが、そのほとんどは、法律が整備されているにもかかわらず充分な準備をしていなかったところに原因があった。南海トラフ地震や都市直下型地震など、今後予想される災害等も、平常時からの地道な準備の積み重ねによってはじめて効果的な対策が可能となる。
 当会は、これまでにも、災害等の緊急事態時に憲法上の国家緊急権の創設に反対し(2015年(平成27年)4月10日付「災害対策と『国家緊急権』に関する会長声明」、2016年(平成28年)9月28日付「日本国憲法に国家緊急権(緊急事態条項)を創設することに反対する意見書」)、また、国会議員の任期延長制度に反対する意見を表明してきたが(2018年(平成30年)9月28日付「憲法上の緊急政令制度及び国会議員の任期特例制度の創設に反対する会長声明」)、災害等緊急事態対応を理由とする憲法改正案は、国民主権や民主主義を後退させかねない内容を持つことに留意が必要である。今回の衆議院議員の任期延長論も、その一つと言える。
 すでに述べたように、緊急事態において衆議院議員の任期延長をしなくとも国会の権能の維持は可能であり、一方で、国民の選挙の機会を縮小させることは、国民主権への脅威となりかねず、衆議院議員の任期延長は無益有害となりかねない。参議院の緊急集会の権能の充実や、緊急事態に備えた多様な選挙制度の整備を行い、その準備に努めることこそが社会の要請である。

以 上

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