意見表明

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自衛隊への個人情報提供に関する意見書

2022年(令和4年6月22日
兵庫県弁護士会
会 長  中 上 幹 雄

 

【意見書の趣旨】

 自衛隊に、当該本人の同意なく、住民基本台帳に基づき「氏名、生年月日、性別、住所」の4情報を、電子データで提供することについて、兵庫県下の地方自治体に対し、憲法13条及び住民基本台帳法など個人情報保護法制との整合性について、再度十分に検討することを求めるとともに、法的に可能と判断された場合であっても、個人情報保護の観点から、情報提供の根拠、提供した対象年齢、人数、提供している情報の内容など、その提供の詳細を広く市民に周知し、少なくとも、提供を希望しない市民については、提供対象から除外することを可能とする制度を設けることを求める。

【意見書の理由】

 1 問題となる情報提供行為の内容

   神戸市をはじめ兵庫県下の複数の自治体(以下、「情報提供自治体」という)では、自衛隊か       
  らの協力要請をうけて、自衛官の募集に協力することを目的として、住民基本台帳に登載された
  情報に基づいて、市民に関する「氏名、生年月日、性別、住所」の4情報(以下「住基4情報」
  という)を電子記録媒体に記録して(以下、この電子記録媒体を「電子データ」という)、当該
  市民本人の同意なしに自衛隊兵庫地方協力本部に提供する方針(以下、「本方針」という)を決
  め、情報提供を開始している。 
   たとえば、神戸市の場合には、情報提供の対象となる市民は約1万4000人の18歳(高等
  学校卒業年齢)及び約1万5000人の22歳(大学卒業年齢)に達した者について、2020
  年から一部地域での情報提供を開始している。

2 問題の所在

  住基4情報は個人識別情報として憲法13条で保障された人格権のうちのプライバシー権によっ
 て保護の対象とされている。
  すなわち、憲法13条は、国民の私生活上の自由が公権力に対しても保護されるべきと規定して
 おり、何人も、個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由を有する(最高 
 裁昭和44年12月24日大法廷判決)。
  そして住基4情報が、法的に保護されるべき情報に該当することは、個人情報保護法1条、2条
 及び最高裁判決でも認められているところである(最高裁平成15年9月12日第二小法廷判決、
 同平成20年3月6日第一小法廷判決)。
  したがって、住基4情報を本人の同意なしに自衛隊に対して提供することは、憲法13条で保障
 されたプライバシー権を侵害するおそれがある。

3 住民基本台帳法の規定

  住基4情報は、住民基本台帳法(以下「住基法」という)に基づき、住民基本台帳に掲載されて
 いる情報である。
  住基法では、平成18年の法改正までは、誰でも住基4情報の写しを閲覧することが可能であっ
 たが(旧法11条1項)、改正により原則非公開となり、閲覧できる要件が厳格となるとともに、
 国又は地方公共団体の機関は、法令で定める事務の遂行のために必要である場合には、市町村長に
 対して同写しの「閲覧」を請求することができる、と規定された(住基法11条1項)。
  そのうえで住基法は、市町村長が住基4情報など住基法に掲載された情報のうちの本人確認情報
 を「提供」できる場合は、住民基本台帳ネットワークシステム(いわゆる「住基ネット」)による
 場合だけとしている(住基法第4章の2「本人確認情報の処理及び利用等」、同法30条の6、同
 第3節「本人確認情報の提供及び利用等」)。

4 防衛省及び総務省の見解

(1)以上のとおり、住基法では、自衛官募集のために住基4情報を得る方法は、住民基本台帳の写
  を「閲覧」するだけである。
   この点について行政解釈でも、住基法で認められているのは、同法11条1項の「閲覧」に限
  定され、複写機による複写は、住基法11条1項の「閲覧」の概念を超えるものであるから、同
  規定により、地方公共団体が、住民基本台帳のコピー等を「提供」することは認められない、と
  している(令和2年地方分権改革に関する提案事項に対する防衛省回答)。

(2) 他方で、防衛省及び総務省は、前記防衛省回答、および令和3年2月5日付「自衛官又は自衛
  官候補生の募集事務に関する資料の提出について」と題する通知を各市町村担当部局宛に発出し
  て、住民基本台帳の一部の写しの国への提出は、自衛隊法97条1項、同法施行令120条を根
  拠として実施可能である、としている。

5 自衛隊法97条1項、同法施行令120条は個人情報提供の根拠規定となるか

(1)検討すべき事項

 ア 前述のとおり、住基4情報は、憲法13条で保障されたプライバシー権によって保護されてお
  り、これを市町村長が自衛隊という国家機関に「提供」することは、プライバシー権を制限する
  ことになる。
   そして人権を制限するにはその根拠となる法律が必要となるところ、その法律により政令に人
  権制限の内容を委任する場合には、当該法律(委任立法)において人権の規制の趣旨、内容が明
  確に読み取れる規定であることが必要である。この点で、参考になる判例がある。
   それは薬事法施行規則で薬品の販売を規制していることが問題となった事案であるが、最高裁
  は、薬事法の諸規定から、販売を規制する省令の制定を省令に委任するという授権の趣旨が明確
  に読み取れることを要する、旨判示しており(最高裁平成25年1月11日第二小法廷判決参
  照)、判例解説では、「最高裁が委任立法の適否を判断するについてはその規制の範囲や程度 
  に応じた授権規定の明確性が重要となり得ることを明示的に述べた初めての事案」とある(最高
  裁判例解説平成25年度)。
   したがって、自衛隊法97条1項及び同条からの委任命令(以下、自衛隊法97条1項及び同
  条からの委任命令を「自衛隊法97条1項等」という)をもって、プライバシー権の制限規定と
  位置づけるのであれば、自衛隊法97条から、プライバシー権を制限する趣旨が明確に読み取れ
  ることが必要となる。

 イ また例えば、住基法は前述したように、住基4情報について国の機関による「閲覧」しか認め
  ておらず、唯一「提供」を認めている住基ネットに関しては、提供された個人識別情報の保護の
  ための相当に詳細な規定が設けられている。すなわち、その提供する情報の内容、提供の方法が
  具体的に規定され、提供される本人確認情報の管理、利用、同情報の目的外使用の禁止、提供さ
  れた本人確認情報の保護のための専門機関としての監視機関の設置と同機関による本人確認情報
  の保護に関する事項の調査審議権限の付与など、提供された本人確認情報の保護のために相当詳
  細な規定が設けられている。

(2)自衛隊法97条1項等の規定

 ア 自衛隊法97条1項は、「都道府県知事及び市町村長は、政令で定めるところにより、自衛官
  及び自衛官候補生の募集に関する事務の一部を行う。」と規定するだけで、その事務の内容につ
  いて具体的に規定はされておらず、全ては政令に委ねられているところ、施行令120条は「防
  衛大臣は、自衛官又は自衛官候補生の募集に関し必要があると認めるときは、都道府県知事又は
  市町村長に対し、必要な報告又は資料の提出を求めることができる。」と規定する。

 イ しかしこの規定を(1)アの記載と照らすと、自衛隊法97条1項をもって「事務の一部」と 
  して個人情報の提供などによりプライバシー権を制限する趣旨が明確にされているとはいえず、
  同規定をもって人権制限内容を政令に授権する趣旨の法律と理解するには無理がある。
   しかも、施行令120条の趣旨について解説する文献によると同規定は「募集事務がスムーズ
  に遂行されるよう、内閣総理大臣は、都道府県知事及び市町村長に対して、募集に対する一般の
  反応、応募者数の大体の見通し、応募年齢層の概数などに関する報告及び県勢統計等の資料の提
  出を求め、地方の実情に即して募集が円滑に行われているかどうかを判断」するための規定と解
  説している(「防衛法」(自由国民社)1974年)。ここでも個人情報の提供などの趣旨には
  言及されていない。
   実質的にも、もし仮に、自衛隊法97条1項等を根拠規定として個人情報の提供を認めること
  になると、法令上、提供対象となる情報が何ら限定されていないため、住基4情報に限らず、当
  該対象者の家族構成、経済状態、健康状態など地方自治体が保有する自衛官募集に有益と考えら
  れるセンシティブ情報についても無限定に対象とされる危険性がある。
   なお、他の立法例をみると法律で個人情報を含めて提供を求める権限を授与する規定があるが 
  (弁護士法23条の2、刑事訴訟法197条2項、279条など)、この場合には法律の規定
  上、「公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる」などと規定されており、
  調査の必要性がある場合に必要な情報の提供を求めることができることが規定上明記されてい
  る。したがって、法律自体によって一定の範囲で情報提供を求める権限を授与する規定であるこ
  とが明確なので、自衛隊法97条1項等の場合とは明らかにことなる。

 ウ また、(1)イに記載した住基法と比較しても提供される情報について具体的に何も規定を設
  けていない自衛隊法97条1項等をもって、基本的人権を制限する規定と理解することはできな
  い。

(3)小括

   以上のとおりであるから、そもそも自衛隊法97条1項等を個人情報提供の根拠法と解するこ
  とには無理があり、同法等を根拠として電子データ、紙媒体、宛名シールの交付など、住基法に
  基づく閲覧以外の方法で個人情報の提供を行うことは、憲法13条に違反しているという疑いが
  ある。

6 個人情報の提供を当該個人が拒絶できない問題

  さらに、情報提供自治体では、本方針に基づく住基4情報の提供について、当該本人から利用停
 止を求める制度措置を設けておらず、たとえ本人が提供を拒否しても提供が可能な制度となってい
 るところがある。
  この点についてホームページ上で確認したところ、全国の政令指定都市20市のうち、少なくと
 も札幌、新潟、静岡、名古屋、京都、大阪、堺、岡山、福岡、北九州、熊本の11市では、住基法
 による閲覧以外で情報提供することになった経緯、法令上の根拠、情報提供の状況を公開して市民
 に周知するとともに、情報提供を希望しない市民には本人又は保護者から申請があれば、提供する
 名簿から除外する扱いをしている。また兵庫県下で電子データによる情報提供している自治体で
 も、尼崎市は、令和4年度からホームページ上で情報提供を希望しない市民の提供除外制度の広報
 をしている。
  これらの他の自治体の扱いと比較しても、本人からの申し出による情報提供除外制度を設けない
 個人情報の扱いには、プライバシー権保護の観点から問題がある。

7 結語

  以上のとおり、当会としては、自衛隊法97条1項等を根拠として住基4情報を提供することに
 は、憲法13条によって保障された個人情報保護の観点から疑義があると考えられることから、本
 意見書を発表する次第である。

                                                                        以上

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