2026年(令和8年)7月8日
兵庫県弁護士会
会長 村 上 英 樹
1 令和8年6月16日に自由民主党、日本維新の会、国民民主党及び参政党の4党が衆議院に共同提出した「国旗の損壊等の処罰に関する法律案(以下「本法案」という)」は、同月30日、同院本会議で可決され、現在、参議院で審議中である。
しかし、以下に述べる通り、本法案は憲法21条1項が保障する表現の自由及び憲法31条が要請する罪刑法定主義に抵触する疑いが強く、当会はその成立に反対する。
2 表現の自由を過度に制約すること
本法案が罰則の対象とする「公然と国旗を損壊、除去、汚損」する行為については、表現上の加工(切り貼り、変形、着色、デザイン化、演出上の一時的変更等)との境界も明確といえず、表現活動への萎縮効果を生じさせる。また、本法案は、「人に著しく不快又は嫌悪の情を催させる」態様の行為を罰則の対象とするが、不快又は嫌悪の情を催させるか否かは客観的に判断が難しく、やはり表現に対する制約の範囲が不明確である。
なお、本法案の附則では、「国旗を大切に思う国民感情」の保護を立法目的として示している。
しかし、「国民感情」は内容・主体ともに極めて抽象的であり、このような抽象的な要素を憲法上の基本的人権である表現の自由を制約しうる法益とするならば、表現の自由に対する規制が限りなく広がるおそれがある。このような曖昧な価値を根拠として刑罰を設ければ、少数意見や政府に批判的な言論に対する萎縮効果を招くことは避けられない。
この点、「日本国を侮辱する目的」がある場合に限定されるから問題はないとの見解もあるが、たとえ政治的批判であっても、公権力側が侮辱であると認定すれば処罰されうるとの恐れは否定できない。また、公権力が行為者の動機や内心を推認し、「侮辱目的」の有無によって処罰の可否を決めることは、思想・良心の自由にも影響を及ぼしかねず、表現の自由に対する重大な萎縮を生じさせる。
そもそも、国旗に対しては、国民の自由かつ自然な感情が認められるべきであり、「国旗を大切に思う国民感情」について刑罰を用いて維持しようとすることは、思想・良心の自由を保障する憲法の趣旨にそぐわないものといわざるをえない。
3 罪刑法定主義に反するうえ、そもそも立法事実が存しないこと
憲法31条は、どのような行為が犯罪となるかを法律で明確に定めることを要求している。
しかし、本法案の「人に著しく不快又は嫌悪の情を催させるような方法」という構成要件は極めて抽象的であり、国民がどのような行為が処罰対象となるかを事前に予測することは困難である。政治的表現に対する評価は社会情勢や価値観によって左右されるため、その判断を警察、検察、裁判所に委ねることは、恣意的な法適用を許す危険を伴う。
さらに、本法案には処罰の必要性・合理性も十分に示されていない。
外国国旗損壊罪(刑法92条)との均衡が立法理由として挙げられることもあるが、同罪の保護法益は外国との友好関係・国際関係の維持であり、日本国旗の損壊とは本質的に異なる。また、「将来の社会的混乱を防ぐため」といった予防的立法事実だけで刑罰を新設することは、具体的な立法事実を欠いたまま国民の自由を制約するものであり、罪刑法定主義の趣旨に反する。 現行法でも、国旗の損壊が他人の権利を侵害したり、公共の安全を害したりする場合には、器物損壊罪や放火罪などによる処罰が可能である。にもかかわらず、「国旗を大切に思う国民感情」という抽象的利益を理由として新たな犯罪類型を設ける必要性は乏しいといわざるを得ない。
4 以上のとおり、本法案は、表現の自由を過度に制約し、構成要件も不明確であり、処罰の必要性・合理性も十分に立証されていない。そのため、憲法21条1項及び同31条に違反する疑いが極めて強く、民主主義社会における自由な政治的言論を萎縮させる危険を有することから、その成立に反対する。
以 上
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