「法曹養成制度委員会」は、適正な法曹人口及び法曹養成制度のあり方に関する問題について当会の取るべき方針及び行動を企画立案し、実行することを設立目的としています。
第1 法曹人口問題について
法曹人口問題は、1961年(昭和37年)以降1990年(平成2年)まで年間500人程度の司法試験合格者数は徐々に増やされ、1999年(平成11年)には1000人程度になり、「2010年(平成22年)ころに」司法試験合格者数を「年間3000人程度」にするとの閣議決定(2002年(平成14年)3月)を受けて、2008年(平成20年)には2209人(総数)になりました。
しかしながら、法科大学院志願者数及び司法試験志願者数等の減少を受けて、司法試験合格者数は同年をピークに減少し続け、2016年(平成28年)に1500人程度になって以降、2019年(令和元年)までの間、1500人程度の合格者数が続いています(グラフ①参照)。
他方、法科大学院修了を原則受験要件としたこと、法科大学院志願者数の減少及び司法試験受験者数が減少傾向にあることから、合格者数を増やしたのに司法試験受験者数は減少し続けました。その結果、司法試験合格率は急上昇し、2005年まで2~3%程度の合格率は、2015年(平成27年)に23.1%、2017年(平成29年)に25.9%、2018年(平成30年)に29.1%、等3割近くの合格率となっています。
司法改革以後、司法修習の卒業試験(二回試験)に合格できない者が大量発生し質の低下が懸念されたり、司法修習は終えたものの法律事務所に就職できずオンザジョブトレーニング(注1)の機会を得られなかったりするなど、合格者数が急激に増えたことに起因する問題点が多く指摘されるようになりました。
司法試験の合格者数を何人にするかは、我が国において弁護士人口をいかに捉えるかという問題に帰着します。もともと我が国の司法予算は諸外国と比較しても低廉で、司法改革後も国は司法予算をほとんど増大させておらず(注2)、裁判官と検察官になる人数が増えず、司法試験合格者の大半が弁護士になるからです(グラフ②参照)。
弁護士数は、急増し続けているのですが、事件数は、2003年(平成15年)をピークに減少し続け、2015年(平成27年)以降は、横ばい状態が続いています。少なくとも弁護士数の増加に伴う事件数の増加は認められません(グラフ③参照)。
法曹養成制度委員会の前身である法曹人口問題プロジェクトチーム(以下、「前プロジェクトチーム」と言います。)は法曹人口問題について、広く議論し、検討することを目的として、2008年(平成20年)に設立され、その後、法曹養成問題についても検討等するため、2012年(平成24年)に法曹養成制度検討プロジェクトチーム、2022年(令和4年)に法曹養成制度委員会(以下、「本委員会」と言います。)に形を変えて検討等を続けています。
前プロジェクトチームは、2009年(平成21年)7月に、兵庫県下の全弁護士に対して、法曹人口問題についてのアンケートをとりました。このアンケート結果はこちらのとおりです。アンケート結果から、多くの弁護士が①「弁護士人口を急激に増やすと甚大な社会的弊害が起きる」と考え、②年間の司法試験合格者数について1000人程度が妥当であると考えていることが判明しました。
上記アンケートを踏まえ、2010年(平成22年)3月23日、兵庫県弁護士会の臨時総会において、「司法試験合格者を段階的に年間1000人程度とする」ことを求める決議が可決されました。
決議文の全文はこちら
この決議においては、司法試験合格者の急激な増大により、現実に発生している社会的弊害と市民に対する悪影響を挙げ、急速な増員政策の裏づけとされた根拠に何らの理由がなかったことを指摘した上、当面、司法試験合格者を年間1000人程度にするべきであると結論付けています。最後に法科大学院との関係にも触れています。
第2 法曹養成問題について
司法改革が始まるまでは、司法試験に合格しさえすれば、裁判官、検察官、弁護士の法曹になることができたのですが、司法改革以後、司法試験を受験するためには、原則法科大学院を修了しておかなければならないとの受験資格要件が設けられました。
例外的に法科大学院を修了しなくても予備試験に合格すれば、司法試験を受験できる道も残されました。
また、2年間の司法修習期間が、司法改革以後、半分の1年に減らされ、司法修習期間中の給費も廃止され、2011年(平成23年)以降には、月額金23万円を貸し付ける貸与制に移行しました。貸与制は、2017年以降、月額金13万5000円の修習給付金制度に移行しました。しかしながら、弁護士が過剰に増やされた結果、以前として弁護士になっても経済的基盤が不安定であること、法科大学院修了後7割合格と言われていたのが合格率2~3割程度にすぎなかったこと等様々な要因により、法科大学院志願者数は、激減しました(グラフ④参照)。例えば、制度創設当初(2004年)は、法科大学院志願者数は約7万2800人だったのが、2015年(平成27年)には、1万037人と7分の1になり、2018年(平成30年)には、8058人と約10分の1になりました(グラフ④参照)。
第3 2000年決議に対する疑問について
以下、2000年の決議について、しばしばご指摘を受ける疑問点について、お答えします。
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現実に発生している弊害とはどういったものか。
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まず、司法試験に合格し、司法修習を修了し、弁護士になろうとしたものの、法律事務所に就職できず、また民間企業等にも就職できず、まったくオンザジョブトレーニングの機会を得ることができない弁護士が多く発生していることです。これは需要に比して、供給(司法試験合格者数)が多すぎることから必然的に生じた結果です。近時は、各地の弁護士会が就職説明会を精力的に開き、各事務所に採用を呼び掛けていますが、あまりの供給過多に「焼け石に水」の状況です。(注3) どのような仕事でもいきなり一人前になるのは困難であり、オンザジョブトレーニングは不可欠なものです。実際の事件に取り組む重責の下で、先輩弁護士から指導・助言を受けるといった十分な研鑽を受けたことのない弁護士であれば一般市民に思わぬ被害をもたらすおそれがあります。
若手弁護士の問題のみならず、今後、経営難等から弁護士の業務のビジネス化が進むことにより、弁護士がその公的役割を果たせなくなる等市民、ひいては社会に甚大な弊害をもたらしかねないとも言えるのです。
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こういった増員政策が採られた根拠は何であったのか。
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2020年(平成14年)3月の閣議決定においては、①我が国の法曹人口が先進諸国との比較において極端に不足している、②今後の国民生活の様々な場面における法曹需要が量的に増大する、③弁護士人口の地域的偏在の是正の必要性がある、といったことが根拠として挙げられました。
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我が国の法曹人口は、諸外国に比べて少ないのではないのですか。
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そんなことはありません。
我が国においては、弁護士以外にも、司法書士・行政書士・税理士・弁理士など隣接法律関係専門職が存在しているのに対して、諸外国は必ずしもこれらを区分していません。諸外国の法曹人口という際、我が国でいうところのこれら隣接法律関係専門職も含めているのに対して、我が国ではこれらを除いてカウントしており、合理的な比較になっていません。これら隣接法律関係専門職も含めると、我が国の法曹人口は諸外国と比べて遜色がないどころか、むしろ多いという実態があります。
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国民生活の様々な場面における法曹需要が量的に増大しているのではないですか。
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結論として、法曹需要が増大しているとは考えにくいです。
たとえば統計的数字が得られやすい訴訟件数をみたとき、2003年(平成15年)の全事件数611万5202件をピークに減少傾向にあり、2008年(平成20年)には443万2986件まで減少しています。
また、2006年(平成18年)10月に、日弁連が企業、自治体、官庁など合計6147社(機関)に、組織内弁護士の採用予定を調査したところ、年間でせいぜい20名から40名程度の採用予定しかないという回答がなされました。
こうした実態から、平成14年当時と比べて、法曹需要が量的に増大しているとは、にわかに考えにくいものです。
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弁護士人口の地域的偏在の是正の必要性があるのではないか。
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地域的偏在は、日弁連が行ってきた、ひまわり基金公設事務所設置などの行動により、近年急速に解消されました。全国の裁判所支部の所在地に適切な人数の弁護士を配置するために必要な人数は、最大300人程度と言われており、いずれにせよ司法試験合格者を激増させる理由にはなりません。
そもそも、地域的偏在の解消は、いかに人員を配置するかの問題であり、人数を増やすことで自然に解消するような問題ではありません。
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ではどうして司法試験合格者数は1000人が適切であると考えるのか。
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新規に登録しようとする弁護士が目立った困難なく就職できていたのは年間1000人前後の司法試験合格者数の時代までであったこと、司法修習に十分な期間をかけてきめ細かな指導を行うことが可能な人数は約1000人と見込まれることから、年間1000人程度であれば弁護士が十分なオンザジョブトレーニングの機会に恵まれ、法曹としての基本的能力を養成することが可能であると考えられるためです。
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2010年に年間司法試験合格者数を3000人にするということは一旦決まったことではないですか。
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まず、これまで述べてきたとおり、2002年(平成14年)の閣議決定で示された根拠は、すべて理由がなかったわけですから、これから離れて考える必要があります。
そして、急速に増大する法曹人口に見合うだけの法曹需要が確認されるまでは、司法試験合格者数を一定数に制限することが妥当であると考えます。司法試験合格者を増やそうという議論は、一度決まったのだから是が非でも達成しようというものであり、無駄な公共事業であっても一度決まったことは需要を問わず実現しようという態度と似たものです。これに対して、落ち着いて頭を冷やせ、今一度原点に帰って議論をしようというのが、本決議の趣旨です。
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結局、弁護士の既得権益を守りたいだけではないか。
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そういった気持ちから、この決議をしたものではありません。
法曹需要がまるで見込めないのに、弁護士数だけを急激に増やし、「食いはぐれた弁護士」を量産すると、勝つ見込みのない訴訟を勝てるように装う等して濫訴社会になる等により被害に巻き込まれるのは一般市民です。
弁護士は、労働事件、公害訴訟、貧困問題等その他ボランティア的な事件を手弁当で行ってきました。また、公権力が暴走しそうになった時は、公権力に対峙する等その他公的役割を担ってきました。弁護士が経営的に成り立つ事件のみ取り組まざるを得ないようになってしまっては、弁護士のこれら公的役割を十分に果たすことができなくなってしまいます。
こうした事態を避け、客観的かつ冷静な法曹需要の話をしようと呼びかけるものです。言い換えると、仮に客観的に年間3000人の司法試験合格者を必要とする法曹需要があり、かつ、年間3000人にしても弁護士の質が低下しないのであれば、3000人の合格者数を否定するものではありません。現在、本委員会は、日弁連役員や国会議員を通じて、国政に働きかけようと鋭意努力しています。 やみくもな法曹人口激増の弊害がどんどん顕在化しつつあります。私たちには一刻の猶予もないのです。
(注1) | 通常、新人弁護士は、まずは、法律事務所に就職して実際の事件を通じて、先輩弁護士から事件の進め方や方法或いは弁護士倫理について指導や教育を受ける。 このように実務に就きながら訓練を受けることをオンザジョブトレーニングと言います。 |
(注2) | 裁判所所管歳出予算の国家予算に占める割合は、1995年は0.416%であったが、2000年には0.375%、2005年は0.397%、2008年は0.367%と以前よりも低廉に押さえられているほどです(2009年度弁護士白書による)。 |
(注3) | 例えば、平成21年1月23日に当会で開催した現新62期司法修習生対象の就職説明会では参加した修習生136名に対し、募集した法律事務所数は11事務所に過ぎませんでした。 また、平成22年1月22日に当会で開催した現新63期司法修習生対象の就職説明会では、参加した修習生は160名であったのに対し、募集した法律事務所は15事務所、参加した企業は4社に過ぎませんでした。 なお、企業に参加を呼びかけたのは、現新63期対象の就職説明会からで、63期対象の就職説明会に参加した企業4社のうち1社は資料のみ会場に備え置いただけで、就職説明会のブースを設けたのは3社のみに過ぎませんでした。 |