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エステの店を退職後、同業店の開業は駄目?-合理的制約なら競業は禁止-

 神戸新聞2020年3月4日掲載
執筆者:佐々木 歌織弁護士

 私は3年間にわたりエステ店で勤務していましたが、このたび自分でエステ店を開業するために退職しました。その際にオーナーから「採用時の雇用契約書に、退職後、当店と競業する事業を行うことはできないとの定めがあるので開業は許されない」と言われました。私はエステ店を営むことができないのでしょうか。

 在職中であれば、競業禁止は当然認められるものと考えられます。しかし、退職後にま で雇用契約上の競業禁止の定めにより競業する事業を営むことは許されないのでしょうか。

 従業員は在職中に顧客情報や取引先情報等の営業上の秘密を扱うことが多く、これらの情報を自己の利益の追求に用いると、会社の営業上の利益が害されることになりかねません。

 顧客情報等の営業上の秘密はいわば会社の財産ですから、退職者が会社の財産を用いて自己の事業を行なうことにならないよう、本件のエステ店での雇用契約上の競業禁止の定めのような競業避止義務を課しておくことが多いのです。

 一方で、退職者は、会社を辞めた後には新しく職業を選択し、営業を行なっていく自由が憲法上認められています。会社は無制限に 競業避止義務を課して退職者の職業の自由を侵害することはできません。

 裁判例では、競業を禁止することによって得られる会社の利益の程度▽退職者が被る不利益の程度▽さらに退職者に対して代償措置が取られたか-などの観点から総合的に考慮して合理的な制約といえる場合には、競業禁止の定めは有効と判断されています。具体的 には、競業が禁止される期間や地域▽在職中の地位や職務の内容▽退職者に対し代償措置が講じられていたか-などが判断要素として考慮されます。

 相談の事例は、競業が禁止される期間や地域が明らかではありませんが、近年の裁判例だと競業避止義務期間について、おおむね1年以内であれば肯定的に捉えるケースが多く、2年の期間では否定的な例が見られます。また、県外での開業すら許されないような広範囲に及ぶ場合も、競業避止の定めが無効とされる余地があります。

 ただ、代償措置として、会社から十分な利益が与えられていたような場合には、競業禁止の定めは有効であり、エステ店の開業が許されないこともあり得ます。

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