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阪神・淡路大震災被災地復旧、復興に関する緊急要望書

平成7年2月28日
内閣総理大臣
村山 富市 殿

神戸弁護士会 会長 安藤 猪平次

阪神・淡路大震災は死者5,438名(平成7年2月27日現在)、負傷者は約3万人をこえ、全半壊(焼失含む)の建物は約15万棟にいたるというはかり知れない被害をもたらす惨事となった。
一瞬のうちに多数の生命、財産が奪われ、震災後約1ケ月半を経た今日においても、ライフラインや交通機関の復旧は未了であり、多くの市民が疎開をし、あるいは約20万名という被災者が、避難所での生活を余儀なくされるという事態が続いている。

 他方では震災からの復旧が徐々に進められ、あるいは復興への模索、対応が図られようとしている。

 このような中で、神戸弁護士会は、平成7年1月26日以降、近畿弁護士会連合会、岡山、徳島両弁護士会等の支援を得て、被災者の生活回復と権利救済のため、当会館あるいは被災地の自治体庁舎等で、震災関連の電話又は面談による法律相談等を実施してきた。
これらをふまえ、現在未曾有の難問が山積する事態に直面している中で、この解決のための諸施策に関し、緊急を要する課題として下記の諸点を提言するものである。国におかれては、関係省庁及び自治体との協議を図り、下記事項に関する法整備、予算措置、施策運用等について早急に対応されるよう要望する。

第一、震災復旧と被災者救済の当面する緊急課題1.被災者の平等な救済の確保と仮設住宅の早期建設の実現

 現在、仮設住宅の建設が、関係機関によって急ピッチで進められているところ、その必要戸数は4~5万戸をこえ、最終的には約7万戸にのぼるというものであり、仮設住宅への入居が被災者の大半において終了するのは、まだ相当の月日を要し、更にその仮設住宅での生活も長期化することが明らかに予想される。

 又、現在多数の避難所において、避難生活が長期化するにつれ、被災者の疲労は極限に近づき、避難所での対応に種々の不平等があることについても指摘されているところである。ボランティアの活動により、あるいは被災者自身の自助努力によって、かろうじて運営が維持されてきた実情にあるが、関係機関は、避難所の生活環境の是正対策について、全体として、統一的な運営を図り、情報の整理、調整を行なう組織を早期に確立すべきであり、それによって、よりきめの細かな対応を、平等に実現するよう図られるべきである。 又、仮設住宅建設の量的確保の必要性はもとよりであるが、中でも障害者、高齢者、傷病者、児童等について、居住地区に介護センターや医療施設、保育施設等も併設する等、明らかに長期化が予想される仮設住宅での生活に対し、居住者の生活実態に応じた人間らしい生活の確保を十分に実現する対応がされるべきである。

 更に、被災者は、当面及び中期、長期にわたる住宅対策への不安が深刻であるが、これらの対策について、被災者に対し、できるだけ早期に正確な情報提供を行なうべきである。

2.建物等解体、撤去等の費用の公的負担の実効化と国の負担の徹底

 被災地は、被災後1ヶ月余を経ても、倒壊あるいは半壊した家屋、ビルの大半が、解体撤去もままならない現状にあり、余震のたびに被害は拡大し、復旧、復興の最大の障害となっている。

 このうち個人の家屋、マンション等の解体撤去については、混乱の末、ようやく公的事業として実施される場合と、個人によって先に実施される場合とを問わず、国が費用分担を行なうこととなったが、この費用の分担について、今後共円滑に対応がされるべきである。
又、建物所有者と借家人ら利害関係者間の利害対立のため、取壊しについての同意書がとれない例が極めて多いが、これらの場合に権利行使の機会が失われないよう申込受付期間にこだわることなく、又はこれを延長する等弾力的に対応すべきである。
更に、建物に限ることなく、土地地盤等の崩壊、損壊についての補修費の公的負担も早急に対応されるべきである。

3.建物解体、撤去作業と粉塵等有害物質による二次的健康被害等の防止対策の早期必要性

 震災以後、主要交通機関あるいは、オフィスビル街その他倒壊の恐れのあるビル等の解体撤去の作業現場で発生する粉塵は、甚大なものがあり、且中には発ガン物質であるアスベストが含まれると指摘されている。
又損壊家屋の解体撤去も面的に行なわれるが、この過程でも、大量の粉塵発生が確実視され、これら汚染物質を含んだ大量の粉塵が、人口密集地に降り注ぐという実情である。

 本来これらの作業は、散水や、周囲にシートを張る等の粉塵飛散防止措置をとることが義務づけられているが、現状では、その対策は全くといってよい程とられていない。
発生したガレキは1,100万トンを超えるといわれ、この撤去作業は今後2~3年以上の長期にわたることが見込まれており、深刻な粉塵公害が確実視されるものである。
既に高齢者や公害病患者の中には、具体的な健康被害が発生し、病状悪化や死亡を招く事態となっている。

 消防組織その他の公的機関の有効な関与を図り、水道設備の復旧状態もあわせて、放水、散水等の粉塵拡散防止等の対策の徹底を図ること、高性能の防塵マスクを被災地市民に無償で且継続的に提供する等の被害の防止対策が早急に実施されるべきである。

 又廃材の焼却処分におけるダイオキシンの散出や放置された冷蔵庫、エアコンからのフロンガスの散出の防止等、廃棄物処理の基本プランについても緊急に対策がとられるべきである。

4.被災証明の取扱いと被災者の各種権利行使手続の弾力的運用

 現在、神戸市、西宮市、芦屋市等被災地の各自治体において、り災証明書の発行手続が実施され、被災者がこれを求め、あるいは出された結論への不服が殺到するという事態に至っている。
ところで、このり災証明書は、本来今回の阪神、淡路大震災により被災したことを証明する便宜のために発行されることとなったものであるが、現状は、あたかもこの証明書が得られないと権利行使の機会を奪われ、あるいは証明された内容にもとづいてしか権利行使が許されないかのごとき混乱を招いている。

 然しながらり災証明書は、法的根拠もあいまいで、且自治体間でも判断基準に不統一があり、また証明が建物の全壊、半壊、一部損壊という外観からの目視による不充分な確認によってなされているにすぎない。
このようなり災証明書が、義援金の配分、建物撤去取壊の申請、特例融資の申請、損害保険金等の請求等の種々の手続に提出を求められ、このり災証明書の提出があたかも必要要件視されるかのごとき混乱を生じている。

 り災証明書の発行については、建物の経済的効用を含めて、実質的な被害程度について出来るだけ被災者に救済的に判断し、且円滑に発行事務が運用されるべきである。
従って、既になされているり災証明が、各種救済手続によってより不利益に扱われるべきでないことはもとよりであるが、加えて被災者の被った経済的被害は、単に建物の損壊状況のみで図れるものではなく、家財等動産の被害、事業の被害等も含め実質的被害に対して救済が図られるべきであって、柔軟に各種の救済手続が運用されるべきである。

5.外国人被災者の平等救済

 今回の震災は、大量の外国人の被災者を生み出すにいたっている。
災害発生時の応急的な救助を定める災害救助法は、内外人平等の原則にもとづき、応急仮設住宅を含む、施設利用、食料支給、医療等々外国人も平等な対応を受けられるべきである。
この実質的保障のためには、通訳人の配置された外国人相談所の施設の充実が必要である。
又、超過滞在となった外国人等は、震災で負傷しながらも、発覚を恐れて治療を受けられず、あるいは治療を受けたとしても、災害救助法による治療の公的負担を認められないという問題が生じている。
更に義援金の支給についても、超過滞在者等への支給が自治体によって不統一という現状にある。
出入国管理及び難民認定法上の規制措置とは全く別の視点において、少なくとも災害危急時の応急医療や義援金の支給等について、現に罹災した外国人には、同法上の法規制に反するか否かを問うことなく平等な保障がされるべきである。

第二、震災からの都市機能、経済活動、市民生活復興のために

1.被災事業者の事業復興の救済と被災者の雇傭確保、融資、債務弁 済等の救済

 今回の震災により、被災地の企業、あるいは個人事業者等の事業施設の損壊、取引先の消費者の被災、交通機関その他公的施設の被害等、経済的基盤が面的に崩壊するという甚大な被害を被り、現状では事業継続が不可能か、事業者において物的施設が回復できたとしても、営業が成り立たないという深刻な事態が続いている。
この被害状況は、大規模、且今後長期に続くことが必須であって、この救済の為思い切った助成措置が不可避である。
既に九州弁護士会連合会等が提言するとおり、災害対策基金制度の早期確立が望まれ、更にこの今回の震災に対する早期運用等の抜本的対策が必要である。 
具体的に以下の対応を要望する。

(1) 震災で失業や休業に追いこまれた被災者は増加の一途をたどり、現在5万名乃至6万名ともいわれ、一部には雇用保険制度の失業給付等の支給による救済が行なわれているが、未加入事業に勤務する被災者やパート労働者等、これを受けられる資格のない失業者、休業者も多数生じている。
これら雇傭保険の不支給者に対する生活手当金の補償制度(前記災害対策基金の運用を含めて)を国は早急に確立すべきである。 
又、雇傭維持を図る事業者への雇傭調整助成金の充実、復興事業について被災地事業者への積極的発注の促進等、被災地における雇傭の維持、創出、促進を基本とした、復興対策が早急に図られるべきである。
更に今後生活保護法にもとづく生活扶助等についても、今回の被災者に対する生活再建維持への助成として早急に対策が図られるべきである。

(2) 被災事業者について無利息又は極く低利により、無担保又は担保設定要件を緩和し、且5年程度の元金返済猶予等の措置を伴なう事業資金の公的融資等が対応されるべきである。

(3) 個人被災者で住宅を全壊又は半壊して、居住不可となったものについて、既に大阪弁護士会から提言されているとおり、対象建物の損壊した住宅ローン債務について、これを所有権あるいは敷地権共々公的機関が買取り、且この機関に公的助成を行なう等の抜本的な対策がとられるべきである。
又これを望まない被災者に対しても、従前の住宅ローンの残債務については、5年間程度の返済猶予を認めること、民間金融機関からの借り換えについて公的融資機関が援助すべきこと、及び新たな住宅建築資金について、無利息且担保等について優遇措置を伴なう公的融資を実施する等被災者の被害状況と、債務負担程度の状況に相応した効率的な助成措置がとられるべきである。

(4) 事業者にとっては、従来の債務に加え、営業困難な状態下で今後新たに発生する債務の累積が重なる場合、とうてい事業の継続はおぼつかない事態となる。
然し、今日の再建型倒産処理制度である和議、会社更生制度は、今回の被災事業者の多数を占める中小零細な事業者にとっては、時間的制約や手続的制約から有効性を期待し得ない。
他方、私的整理を行なうには債権者全員の同意が必要であり、これが現実には不可能な場合が多い。 
従って、今回の震災等大規模災害時において、臨時措置として、相当数の債権者の同意を得た場合、裁判所に整理認可の申立を行ない、裁判所がこれを認可した場合には、不同意債権者も含め、同一整理条件の履行で可とする等一定の法効果を付与する罹災事業臨時整理制度(仮称)の立法的措置が対応されるべきである。

(5) 既に被災した法人については、債権者からの破産申立があった場合、2年間は宣告猶予とする対策が決定されているが、今回被害を受けた事業体には個人事業者も多く、連鎖倒産を回避し、産業復興を実現するためには、個人事業者にも同様の措置がとられるべきである。 
又被災者自らが和議等の整理又は破産手続を申請する場合、国庫の費用仮支弁制度の活用、債権関係を証する資料等が焼失散逸している場合には、弁護士または公認会計士による被害確認報告書の提出あるいは審尋の活用等によって、疎明方法の簡略化、手続の迅速化、弾力的運用が図られるべきである。

2.都市の復興の基本的視点と重視されるべき課題

 今回の震災は、都市を直撃し、都市機能を広範囲且甚大に破壊し、従前の都市防災対策の視点を根底から覆すものであった。
現在、国及び兵庫県あるいは被災地の各市町で、復興に向けての対策機関の設置と基本的構想の策定等の作業が開始されているところ、これら復興対策は被災者の権利救済を第一義とし、更に今後の都市防災機能の強化を視点として実現されるべきである。

 又都市復興のための都市計画関係の公的事業の促進の過程で行なわれる一定の私権制限について、正当な補償の要請が十分配慮されるべきである。
具体的に以下の対応を要望する。

(1) 都市復興は、被災地の各自治体全域での基本プランを策定し、仮に一部地域に都市計画、建築規制関係法規による地域指定等がなされた場合でも、指定地域とそれ以外の地域において、復興対策における被災者の実質的救済において格差の生じないよう配慮すべきである。又、補償は被災者の権利の実質的救済という見地に立つと共に、正当な補償の充足が私権の制限を受ける市民の理解を得て、復興事業の促進にもつながるという見地も十分配慮すべきである。

(2) 今回の甚大な被害が、地下の活断層沿いに顕著にあらわれていることが指摘されているところ、都市の防災計画の推進の過程で、速やかに被災地の活断層の存在の確認調査を伴なう安全基準の見直しと、安全基準に余裕をもった建物あるいは基礎の構造設計、施設の配置等を計画策定すべきである。

(3) 復興計画に対し、被災市民、被災地の街づくりに関する市民団体、企業の代表、学識経験者、弁護士会等の民間団体から推薦を受けた各種専門家等の参加による検討を得て、全体として市民本位の見地にたって、公平な復興計画の策定が実現されるべきである。
又施策の検討実施の過程で、合理的な是正策が提起された場合、これらを配慮する柔軟な対応が望まれる。

(4) 今回の震災で医療機関も甚大な被害を被り、救急医療が極めて困難な中において、関係者の尽力で維持されたが、今後共この震災による市民の心身への重大な影響が及ぶことが指摘されている。 
復興計画中には、医療機関の復興の重視、心のケアの重視、障害者の救済等の視点にたった十分な配慮が不可欠である。
更に教育の復興も急務である。

第三、震災関連の法的紛争の処理、解決のために

既に最高裁判所は調停制度の活用のための調停委員増員等の方針を明らかにしており、又最高裁判所、法務省、日本弁護士連合会の法曹三者が協力機関を設置して、予想される種々の困難な法的紛争の多発に対応することとなっている。
 当会は被災地の弁護士会として、この点に関しても最大限の努力をする所存であるところ、当面以下の点について要望する。

1.調停制度等の活用とその体制の充実

 調停制度の運用にあたり、調停委員の増員の他、裁判官及び書記官等の職員の増員、施設の確保も至急検討されるべきである。
又現在までに実施した被災者からの法律相談によれば、建築技術、不動産評価、税務等各種専門分野の知識を求められる場合が多い。
従って民事調停規則第14条を弾力的に運用して、とりわけ建物被害の甚大な地域の裁判所には専門委員会を常時配置し、調停委員が必要に応じて専門委員の意見を聴取して調停にあたる等の対応が望まれる。
これらの点につき上記法曹三者の協議等を通じて、十分な予算措置等が図られるべきである。

2.法律扶助制度の活用と財源の確保

 被災者の震災関連の法的紛争は、古い家屋における利害関係者、集合住宅の利害関係者間等の、いずれもが資力に乏しく、又は多額のローンをかかえて居宅、財産を失った当事者間での紛争、事業自体が不能となった事業者と失職者間での紛争等、経済的な困窮者間の紛争が現在多発している。
今次の震災による大量の被災者の発生は、双方とも資力のない紛争当事者の大量の発生を招いているという意味で、かつてなく深刻な事態となっている。
今後調停、訴訟等の法的手続をするについても、手続費用すら出捐できない者が多く生じることが予測され、法律扶助事業の活用が極めて重要となっている。

 今後法律扶助事件において、震災関連の法的紛争については、調停、法律相談を含め、扶助事業として弾力的に拡大すること、扶助の適用要件を緩和し特に被害甚大な被災者の救済の必要がある場合には、費用の全部又は一部の償還を求めない等の措置が財団法人法律扶助協会においてとられる必要があるところ、これを裏づけるに足る財源の早急且十分な確保が要請される。

3.罹災都市借地借家臨時処理法の補充的新法の早期立法及び建物の区分所有等に
 関する法律の改正等の法整備の緊急性

 現在、被災者間でとりわけ深刻な法的紛争としては、損壊建物の撤去が、関係者の同意が得られず困難であるという点、罹災都市借地借家臨時処理法上の権利行使をしようにも建築資金がなく実効性がない点、多数の利害関係者の関係する集合住宅においては、建てかえや補修についての意見の対立が生じて、これを克服する手段に不備があるという点等がある。

 例えば、現行の建物の区分所有等に関する法律は、今回の震災との関連で見ると、

[1]マンションの倒壊又は一部階の全壊により建物全体の効用が喪失されるという、現行法上想定されていない事態が多数発生している。
この復旧については、同法上は建物の一部滅失に対する規定しかなく、仮に建物の全壊、滅失と評価された場合、区分所有権が消滅し、敷地の共有持分関係が残るにすぎないという関係になり、建て替えについての同法の適用がないこととなる点、

[2]建物一部滅失の場合の復旧においても、賛同しない区分所有者の買取請求は6ヶ月以内にすることを要し、これが不変期間とされているが、今回の震災の場合の大規模な混乱のなかでは、この期間に現実性がない点、

[3]団地型の集合住宅にあって、数棟全体の区分所有者が管理組合を構成する場合、このうち1棟のみの倒壊又は損壊の場合の復旧、建て換え等の意思決定が極めて困難である点、

[4]建物が滅失した場合、管理組合が法人化している場合は解散事由となり、法人化していない大多数の場合(権利能力なき社団)も同様に管理組合が消滅すると解され、同法上建て替えについての意思表示機関がないこととなる点

等々多くの問題がある。

 これらの不備を是正する建物の区分所有等に関する法律の早期改正等の他、罹災都市借地借家臨時処理法上の権利行使についての意思決定の円滑化、実効化を図り得る法整備、例えば住宅ローン買取機関の設置、区分所有権の公費による買取制度と建築資金の国庫からの仮支弁等の早期確立が必要である。

 以上の諸点の他、今後当会は被災者の権利救済と、災害復興のため更に検討を重ね、有効な提言をすべく努力する所存であるが、当面本書で要望する事項について十分御理解賜わり、早急の対策を要望するものである。